槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした.。  3



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。






「お、読書たぁ珍しいじゃねぇか」
 閉じられた網戸越しに声を掛ければ、普段は家事をこなしているか屋根の上で見張りに徹している目的の相手は、何やら分厚い本と格闘中であった。
 敷地内に入る前から気配には気付いていただろうに、呼び掛けにもアーチャーはランサーを一瞥しただけで再び読んでいた本へと目線を落とした。
「うぉーい、無視かーしかとかー寂しいぞー」
 器用にも生垣の上にしゃがみこみ、ぷちぷちと葉っぱをムシる姿に、流石にアーチャーも溜息を吐きつつ本をぱたんと閉じてテーブルに置き立ち上がった。
 つかつかと窓際まで歩いてくるとがらり、と網戸を開け放つ。
「なんだかんだで入れてくれんだよなお前」
「勘違い甚だしいな。いくら人避けの結界が張ってあるとはいえ、そうやって生垣の上に変人が居る所など周辺の住人に見られでもしてみろ。凛に半殺しにされるのは私だたわけ」
「ほほぅ。なるほど、この手は有効、っと」
 心の内にメモするランサー。
「次までに防鳥用の剣山でも買っておく事を凛に打診しておこう。……入るならとっとと入れ、どうせ拒否しようと帰る気などないのだろう」
 あと生垣をムシるな、と言い置いて、アーチャーは部屋の奥へと踵を返した。
 へいへい、と恐らく分かっていないであろうランサーも、その後を追ってひょいと窓枠に飛び降りる。
 生垣を微かに揺らし、とん、と軽やかに降り立つ様は実に軽やかで、心なしかるんるん、とか聞こえてきそうなのはアーチャーの気のせいだろうか。
 窓の縁に立ち、部屋に上がる前にそそくさと靴を脱いでおくのは忘れない。
 以前土足で上がりこんで酷く叱られたのをしっかり学習した模様である。
 その様子を何やら不思議な物でも見るようにふむ、と小さく唸りながら眺められ、ランサーは何か?と小首を傾げた。
「いや、私服とはまた珍しいと思ってな」
 それだけ言ってアーチャーはソファーへと腰掛けた。
「おう、せっかくの現界だしよ、この時代のこの国らしい格好を楽しまねぇと損ってもんだろ」
「ふむ……まぁ君の趣味をとやかく言う気はないがな」
 テーブルに置いてあったティーカップを手に取り、一口啜る。
 ちなみに現在アーチャーはいつもの赤い外套を纏った武装姿なのに対し、ランサーは白いTシャツにジーンズという何ともラフな格好だ。
 さりげなくアクセサリー類にも拘っているらしいあたり、この男の順応性というか寛容さが伺えるというものである。
 テーブルの上には数冊の本が積まれており、何れもドイツ語と思しき表記で綴られており、残念ながらランサーには内容を伺い知る事は出来なかった。
「なんか難しそうな本だな、これ全部読んでたのか?」
 その内の一冊を手に取りページをめくる。
「なに、ここの書斎を整理していてな。少々懐かしい本を見かけたので眺めていただけだ」
 カップをテーブルに置き、詰まれた本の表紙を軽く撫でる。
「懐かしいって……お前この語圏の出なのか?」
 軽々しく言ってしまって、しまったと思った。
 サーヴァントにとって己の正体へと至る情報となりかねない事を話せるはずもないのに、何を軽率なと少し気まずく相手の様子を伺った。
 しかしアーチャーは、
「いや、私は一応この国の出身だが」
 と、なんともあっさりとランサーの気遣いを無駄にした。
 呆れるやら何やらで思わず肩を落とすランサー。
「おい……聞いちまっといて何なんだがよ、いいのか、そんな事話ちまって」
 言われて思い至ったのか、アーチャーはふむ、と一つ小さく息を吐いた。
「それもそうだったな。いや、少々お喋りが過ぎたな。忘れろ」
 やれやれ、とソファの肘掛に肘をついて本の文字を追い始めた。
「ち、可愛気のねぇ。すこしは落ち込んだそぶりぐらい見せてくれてもいいじんじゃねぇ?」
 言ってソファーの肘掛に軽く腰掛け、肩に腕を乗せてやる。
 「落ち込んでいるとも。いくら君相手とは言え迂闊だった」
 言いつつ表情一つ変えず肩に乗せられた腕を退けるアーチャー。
 しかしその程度でめげるランサーでは当然なく。
「それってよ、遠まわしにオレには気を許してくれてるって事か?」
 ニヤニヤと顔を近づければ、アーチャーはちら、一瞥してやれやれと深く溜息を吐いた。
「少々気になっていたのだが、いつから君はそんなに私に対して慣れ慣れしくなったのかね?」
 そんな現代人らしい格好までして来て、と心底不思議そうに小首を傾げた。
「うん? そうか? 別にいつも通りのつもりだが?」
 確かに元々人懐っこい感のあるランサーではあったが、どうにもここ最近のアーチャーに対するスキンシップやら何やらは次第にエスカレートしているのは間違いなかった。
「確かにな、なんだかんだで連日お前の所来てる訳だし。何だってんだろうなまったく」
 自問とも独り言とも取れるランサーの呟きに、アーチャーはぽそりと私に聞くな、と言いつつ、ようやくランサーの分のお茶を淹れに席を立ったのだった。


 アーチャーから予想外の告白(?)を受けてから数日。
 ランサーはこんな風に、互いのマスターの目を盗んでは アーチャーの元を訪れていた。
 まぁ当然、好意を寄せられていると知っては気にならない訳もなく。
 何よりも、彼に思いを告げておきながら見返りは求めないと言った彼の態度。
 それになぜあんなにも苛立ちを感じるのか気になって。

 否、理由なら、割とすぐに思い当たった。
 一人の人間として見るのなら、彼の突飛な行動は見ていて面白かったし、気に食わないと思っていた態度も、捻くれた彼の性格の成せる業であり、根は悪い奴という訳ではないらしい事を知った今、アーチャーと言う男は酷くランサーを惹き付けた。
 それにマスターとサーヴァントという関係とはいえ、彼のマスターである少女に対する忠義は敬意に値する物であると思えたから。
 ただ出会いからして今までが今までだっただけに、それをそう簡単に認めるのも詰まらなくて、彼との会話の中からその原因を見出せればと思ったのが正直な所であったのだが。

 しかしそんなランサーにしては珍しい様な漸進的な思いは、いともあっさり打ち砕かれた。
 戦時中にはあるまじき穏やかな日が数日続き、聖杯戦争も自分の知らない所で勝手に進んでいるらしい事に苛立ちを感じ始めていた頃。
 毎夜の通り、深夜の偵察に出て。
 目撃してしまったのだ。
 柳洞寺でキャスターと対峙するアーチャーと、セイバーのマスターを。
 何でこの3人が揃っているのかは分からなかったが、取り合えず様子を伺っていれば、どういう訳かアーチャーはキャスターの猛攻からセイバーのマスターを庇った。
 確かセイバーのマスターとアーチャーのマスターは協定を結んでいたと記憶しているので、アーチャーがセイバーのマスターを庇うのもまぁ頷けた。
 問題はその後。
 苦戦していた様だったがどうにかしてキャスターを退けた後、二人の間に不穏な空気が漂ったかと思うと、アーチャーはいきなり会話を切り上げてキャスターを追おうと背を向けた士郎に躊躇なく切りかかったのだ。
「なんだよ、ありゃ……」
 思わず見つかる危険性も忘れてそう呟いていた。
――理想を抱いて溺死しろ――
 そう言い放ったあの男の顔を、ランサーは忘れられなかった。
 あんな風に、邪心のない憎悪に満ちた殺意など、ランサーはついぞ見たことがない。
 乱入してぶん殴ってやろうかとも思ったが、寸での所で新たな来客、マスターを追って来たのであろうセイバーの到着で我に返った。
 おまけにここの門番をしているというアサシンのサーヴァント。
 キャスターはアーチャーの攻撃を受けて退却した様だったが、ここは彼女のホーム。
 何が仕掛けられているか分からない。
 いくら戦闘好きなランサーでも、そんな状態でわざわ飛び込む程愚かではない。
 セイバーは己がマスターを背負いその場を離れて行き、アーチャーは追おうとした様だったが、それをアサシンに遮られ戦闘を開始してしまった。
 今夜はこれ以上この場所にいても無益と、ランサーは柳洞寺を後にした。

 そんな事があった夜が明けて、日も高くなった頃。
 少し迷った物の、はやり色々と聞いておきたくて、ランサーはアーチャーに会いに向かった。
 屋根の上に漂う気配。
 霊体化していたアーチャーは、ランサーが近づくと律儀に姿を現してくれた。
 その姿からは昨日までの力強さが著しく損なわれていて、ランサーは思わず息を呑んだ。
「なんだ、ずいぶんお疲れみてぇだな」
 なんとか軽口を搾り出し、挨拶の代わりと成す。
「生憎と君の相手をしている余裕はないのでな。用がないのなら帰ってくれると有難いのだがね」
 言って苦笑しつつ軽く腕を組むその様子は、恐らくそうして普通にしているのがやっと、まともにサーヴァントを相手に戦う余力はないのだろう。
 家事もせずに霊体化していたのも、極力魔力の消費を抑えるためなのだろう。
「ま、そりゃあな、一晩で二騎のサーヴァントを相手にすりゃそうなるか」
 こうして話し掛けて実体化させてしまっているのも迷惑なのを承知で告げる。
「……やはりな、昨夜もう一つ気配を感じて誰かと思えば、君だったか」
 さして驚いた様子もなく、アーチャーはただ肩を竦める。
「そりゃな。あんだけ派手にやりあってくれりゃぁ嫌でも気付くってもんだろ」
「だろうな」
 自嘲気味に歪むアーチャーの口元。
 そういえば、不適に皮肉っぽく笑う以外では、こんな笑みしか見たことがないなぁ、なんて妙に冷め切った部分で考える。
 別に表情に乏しいという訳でもないのに、何がそうさせるというのか。

 そう。
 この男が、心底笑ったらどんな顔をするのだろうか。
 ただ、それが知りたかった。
 そんな些細な事で良かったのだ。
「それで、何か用事でもあるんじゃないのか?」
「ん? お前が好きだから会いに来ただけだが、何か問題あるのか?」

 認める理由など、それで十分。

 そして現在。

 ぺちん、と軽快にして小気味良い音が風に流れる。
「……地味ーに痛ぇんだけどよ、こら」
「たわけ。いきなり何をしようとするかこのケダモノ」
「キスしようとしたに決まってんだろが!」
 頬に触れた途端、ほっぺたを思いっきり挟まれ、やや甘く染まりつつあったムードはあえなく玉砕と散ったのだった。
「大体な、いきなり何の脈絡もなく好きだの何だの言われても困る」
「その言葉そっくりそのまま返すぜこのやろう」
 相当悩んだんだぞこっちだってと流石にコメカミの辺りが引きつるランサー。
「言っておくが、私が君に向けている感情は君が思っている以上に何というか……面倒だぞ?」
「そういう事さらっと言うお前の神経除いてみてぇよ……」
 しかも真顔で、とややうんざりしたランサーであったが、もうだいぶ慣れた様子で。
「まぁそれはオレも望む所つうか。オレだって一時の浮かれた感情であんな事言ったんじゃねぇぞ?」
 そこんとこOK? と顔をずいっと寄せれば、近い、と押し退けながらようやくアーチャーは身を起こした。
「あぁ、分かっているつもりだ。君があぁして思いを口にしたのならそいういう事なのだろう。遊びだろうと本気だろうと、君が己の感情に正直なのは良く知っている」
 その言い草に引っかかる物が有ったのか、ランサーは不機嫌に顔を歪ませた。
「何だよ、それじゃまるでオレが遊びでお前を口説いてるみてぇな言い方じゃねぇか」
「別にそうは言っていない。というより、どちらでも別に私には関係のないことだ」
 軽く服に付いた埃を払いながら、アーチャーはゆっくりと立ち上がった。
「関係なくねぇよ。お前の事だろうが」
 こいつ本当に分かってないんじゃないだろうかと心配になりつつあるランサーだったが。
「いや、関係ないさ。どちらにせよ私は――」


逃げるだけだ。


 にやりと口元を心なしか楽しそうに歪めてそう言った赤い奴の言葉が、妙に耳に付いて離れない。
 だがしかし、最初にランサーへの思いを明かしたのはアーチャー。
 それに応えるという積もりではないが、自分の気持ちにも気付いた以上ランサーにはもう迷う必要はなく。
 それが逃げると言うのならば、追いかけるが道理。
「待ちやがれアーチャーァァァ!」
「ご免蒙る!」
 深夜。
 聖杯戦争などそっちのけ、夜毎繰り広げられる追走劇は始まったのだった。
 








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