槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした.。  4



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。



 2月も中旬に入ったものの、冬木の街のこの時期はまだまだ冷える。
 日も暮れ掛けて世界がオレンジ色に染まる中、教会の屋根の上に睨み合う影二つ。
 いや、正確には、方やじっと座り込んで煙草を咥えたままじっとりと視線を送り、もう片方はそれを受け流しつつ優雅にお茶なんぞ啜っていたりする。
 しばし不毛で無言の勝負が二人の間で繰り広げられ、ひんやりとした風が一陣、二人の居る屋根の上を吹き抜ける。
 流れる風に乗せて先に折れたランサーが、深く溜息と共にたばこの煙を宙へと漂わせた。
「おい、アーチャー……」
「なにか?」
 呼びかけに対する返事もおざなりに、吹き抜ける冷たい風もまた涼しと心地良さそうに息を吐くアーチャー。
「いや、なんつうかな、何しに来たんだよお前」
 煙草をぴこぴこ揺らしながらじっとりと視線をやれば、返答変わりにずず、と香り立つ緑茶を一啜り。
「何、と言われると。散歩ついでに茶を飲みに来たんだが?」
「へぇへぇそいつは暇そうで何より。しかもご丁寧に水筒持参で用意周到なってそうじゃなくてだな」
 びし、と手の甲を返して突っ込みのポーズを取りつつ、ランサーは大分短くなった煙草の吸殻を指で摘んだ。
「あのなアーチャー、そこはこう可愛らしーくオレに会いに来たいやむしろ愛に来たぐらいの事言ってみやがれこのツンデレ……いやこの場合クールデレ?」
 自分の言っている事にうまく収集が付かなくなったらしく、小さく唸りながら小首を傾げるランサーの様子に、アーチャーはふむ、と小首を傾げて一言。
「そんな当たり前の事を言っても詰まらんだろうが」
 ずずぅ、とどうやらご自慢のお茶は結構なお手前の様です。
「そいつはどうも……気持ちは嬉しいがなんか虚しい気がすんだけどよ」
 アーチャーのこうした突拍子もない発言に、もう半ば諦めやら呆れやら通り越して既に慣れつつある己の順応性の高さはちょっとばかり褒めて上げたいと思うランサーであったが、とはいえその都度脱力してしまうのは否めず、今回もまたランサーはガクリと項垂れるしかないのだった。

 ランサーが昼間の外出を禁じられてからすでに3日。
 今までとは打って変わって今度はアーチャーの方から何だかんだと理由を付けては会いにくるようになっていた。
 確か一昨日が買い物のついでで、昨日がマスターの忘れ物を届けるついで。
 でもって今日は散歩のついで、しかも持参の茶を飲みに来たときたものである。
 言葉の通りそれ以上何をするでもなく、その度に他愛もない話を二言三言交わし、そして何事も無かったかの様に帰って行くのだ。
 正直、全く持って意味が分からない。
 教会の敷地内から動けない自分に代わり、わざわざ会いに来てくれたのは嬉しいし、奥ゆかしいと思えなくもないのだが、そこには別に恋人同士のような語らいも無ければ、友人の様な談笑もない。
 正確に言えば、ランサーがそういう雰囲気に持ち込もうとしてみてもうまく話を逸らされてはぐらかされてしまうだけで、まぁそれは、以前ランサーがアーチャーの元をこっそり訪れていた時と変わらないのだが。
 
 教会の屋根の上、少し離れた場所で腰掛けて、もの静かに茶を啜る相手を見やる。
 本来ならば殺し合うべき相手の前とは思えない落ち着いた態度。
 その態度が妙に癪に障って。
 そんな今だからこそ、聞いておきたかった事を相手にぶつけようと、ランサーは口を開いた。
「なぁ、いい加減理由ぐらい聞かせてくれても良いんじゃねぇの?」
 立てた膝に頬杖を突きながら深く煙草の煙を吸い込めば、すこしだけ苛立ちが解れる気がした。
「理由、とは?」
 こいつ分かってて聞き返しやがるかと、ランサーは不満に形の良い眉の片方をぴくりと跳ね上げる。
「そうやってオレを好きだって言ってくれるくせに、なーんもさせてくりゃしねぇじゃねぇか」
 口にしてみれば、余計に不満が募るのが何とも煩わしい。
 しかし当のアーチャーはそんな事おかまい無しで。
「何か問題でも?」
 なんてしれっと言い放った。
「ないと思ってやがりますかてめぇ」
 ここは一発肉体言語で語り合うべきなんじゃないだろうかと真剣に考えて、知らずコメカミの辺りがひくついた。
「……まぁ今更突っ込んでもめんどいし疲れるだけだから諦めてるけどよ……けどお前――」
 ここで一度言葉を区切り、ランサーは深く息を吐いて、煙草の煙を吐き出した。
「見返りは求めないなんて言ってよ、んなの口実だって事ぐらい分からないとでも思ったかアーチャー?」
 それ以上のはぐらかしは認めないと、何時になく真剣なその目が告げていた。
 恐らくこんなに見つめ合ったのは初めてであろう、穏やかなんだかぎすぎすしているんだか分からない時が暫し場を支配した。 
 やがて沈黙を破る、諦めの籠もった深いため息。
「ギリシャ神話のイカロスの話……など知らないか」
「へ?」
 ようやく口が開かれたかと思ったら、発せられた何の脈絡も見えない単語を復唱し、ランサーは次の言葉を待った。
「捕らえられていた牢から自由を求めて逃げ出したある親子の話だ。蝋で固めた鳥の羽で脱出したは良いが、息子イカロスは飛ぶ事に夢中になって太陽に近づき過ぎた。当然羽を固めていた蝋は溶け、翼を失ったイカロスは海へと沈んだ……まぁ、どんな神話にでもある様な悲劇の一つだよ」
 紡がれた言葉は、どこか自嘲すら滲んでいて。
「へぇ、そりゃ悲劇ってより笑えない喜劇だな。それがどうかしたのかよ……」
 面白くもない、と漂っていた煙を軽く吹いて辺りに散らす。
「つまりは、そう言う事なのだよ。生憎と私は太陽に羽をもがれる気はないのでね」
 言い終えて、これで話は終わりとばかりに、新たに注いだ茶を啜るアーチャー。
 なんとなく彼の言わんとする事が今一つ理解しきれずにいると、アーチャーはやれやれと困った様に眉間を軽く押さえた。
「言っただろう、私は面倒だと。これ以上は言わんぞ。人がせっかく恥を忍んで言ったというのに理解していないとは、鈍感にも程がある」
「そりゃどうも。たぶんお前よか鈍感じゃねぇよ」
 口に咥えていた煙草を携帯灰皿に揉み消して、不機嫌を誤魔化そうと次の一本を取り出した。
「まぁそういう事にしておけば良かろう。」
 言いつつ、持って来ていた水筒の中身を飲み干し、カップを元に戻してアーチャーはゆるりと立ち上がった。
「なんだ、帰るのか?」
「もうすぐ凛が帰るだろうからな。主人の帰宅に留守番が不在では期限を損ねるだろう。それに……次期に日も暮れる」
 見れば、遠く西に見えるビルの間に、不気味なオレンジ色をした太陽が沈み始めていた。
「……そうだな」
 日が暮れれば、こうして和やかに話が出来るなど、おそらく奇跡。
「マスターの気が向けば、また後ほど会うかもしれんが。邪魔したな」
 それだけ言うと、とっとと屋根の上から立ち去って行く赤い弓兵を見送り、ランサーは一人小さく溜息を吐いた。
「鈍感、ねぇ……分かってないとでも思ったのかあのバカ。やっぱお前の方がよっぽど鈍感じゃねぇか」
 思わず漏れる舌打ち一つ。
――太陽に羽をもがれる気は――
 あの話で、アーチャーが何を太陽と例えたのか、分からないランサーではなかった。
 そしてそれは、恐らくランサーの自惚れなどではなく。
「あぁ言われちまったら……どうしろってんだよったく……」
 傍らには、アーチャーが置いていったクッキー。
 嬉しいはずのそれが、今はどうにも目障りだった。





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