槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 5



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




 夜の礼拝堂はどこか冷たく、人を寄せ付けないいっそ不気味な雰囲気があった。
 事実この教会の実態は、人々が思うような温かい神の家などとは程遠い物であったりするのだが、その事実を知る物は少ない。
 ステンドグラスから差し込む月明かりは僅か。
 いくつかの灯りは点いたままとはいえ、どこか薄暗い礼拝堂の長椅子にだらりと横になり、ランサーは天井を眺めていた。
 間もなく、日付も変わろうとしている。
 サーヴァント達が動き出すならばこれからだろう。
 だと言うのに。
「うー……だりぃ」
 一瞬先は死闘かもしれないという状況にありながら、全くもって自覚皆無で欠伸を漏らすサーヴァントが一人。
「緩んでいるなランサー。そんな事ではとてもではないが安心して任務の一つも任せられんな」
「うるせぇ、こちとら優秀すぎるマスター様のお陰で身体が鈍りまくってんだよ」
 などという皮肉の応酬も何時もの事で。
 退屈とこの教会の陰鬱な雰囲気に、ランサーはもう回数を数えることなどとうに放棄した欠伸を漏らした。
「で、今日はどうすんだクソマスター。いい加減何か行動起こさなくていいのかよ」
 起き上がりもせずに、祭壇の前で書物のページを捲る神父へと語り掛ける。
「ふむ、相変わらずの口の利き方は多めに見てやるが。まぁそう焦るな。この国には良い諺があってな。昔から急いては事を仕損じると言うものだよ」
「後悔先に立たずとか後の祭りってのもこの国の良い諺の筈だよな?」
 日本語は完璧にしてくれた聖杯システムにちょっとだけ感謝する。
「まぁそうとも言うがな……それはそうと、昨日今日とお前の想い人は来ていない様だな」
「……!」
 言葉を詰まらせたランサーの反応に、何時にも増して嫌な笑みを向けるエセ神父。
 さながら獲物を捕らえた蜘蛛か何かの様である。
「……ちっ……知ってやがったのかよテメェ……」
 舌打ち一つ、くしゃりと頭を掻き、唯でさえダルそうだったランサーの顔に不機嫌が追加された。
 まぁ嫌がらせで昼間の外出を禁止された時点でランサーがアーチャーに対して只ならぬ感情を意識し始めていたのは気付かれていたのだろうが、アーチャーがここに来ていた事は美味いこと隠せていただろうと思っていたせいで気まずさも一入である。
「何、私も一応魔術師の端くれなのでね。自分の管理する地にあれだけ濃い魔力の塊の様な者が立ち寄れば嫌でも分かるという物だ」
「は、魔術師ねぇ」
 身なりからして魔術師らしさの欠片もない癖して何を言うのかと思ったが、この男相手にそんな事論じるのは無意味と嘲笑するに留めた。
「まぁどう思おうとかまわんがね……で、どうかね、久し振りに奴に会いたいとは思わんかね?」
「……そいつは命令か? クソマスター」
 つまり、アーチャーと戦えと。
「命令、と取って貰っても構わんよ。だが、知っての通りバーサーカーには迂闊に手を出さぬが得策であろう。キャスターとアサシンも寺に篭っている限りは同様だ。そしてセイバーとアーチャーのマスターが手を組んでいる以上、確固撃破は常套手段であろう? となれば、一度お前の必殺技を凌がれているセイバーよりアーチャーと戦うべきだろう」
「思いっっきり無理矢理な理屈だなてめぇ」
 概ね筋は通っているあたり性質が悪いと言う他ない。
「そうかね、効率的かつ現実的だと思うが。それに彼等とて四六時中共にいるという訳ではない様だしな。どうだ、アーチャーとセイバーが離れていればこの辺りで叩くのも手だと思うが?」
 くつくつと喉の鳴る音すら聞えてきそうな程の相手に、いっそ清々しくすら思えてきて、ランサーは溜息と共に肩を竦めて見せた。
「いいぜ、大人しく命令に従ってやるよ」
 そう、どの道、いずれは戦わなければならない相手なのだ。
 それを承知の上で、自分は彼を好きだと認めたのではなかったか。
 それに――
 あの校庭での続きを望んでいるのも、確かなのだから。

「という訳なんでな。悪いが戦ってもらうぜアーチャー」
「唐突だな全く」
 センタービルの屋上で、街を見下ろして赤い主従を見つけることなど、ランサーに取っては造作もない事であった。
「あ、あんた……最近アーチャーと仲良くしてたかと思ったら一番来て欲しくない時に仕掛けて来るなんて良い度胸じゃない……」
 そういう少女の表情には余裕などなく。
 凛々しい口元を引き結んだまま、何時にも増してぴりぴりとした雰囲気を漂わせていた。
 霊体から姿を現し、隣で佇む弓兵の方は、いつもと変わらない相変らずんな仏頂面なままなのだが。
「まぁ何があったか知らねぇけどよ、こっちも一応マスター命令でお前等を倒しにきたんでな。逃げるのは構わねぇが、オレ相手にそれは無意味だって事ぐらい分かるよな?」
「マスター命令……そう、キャスターも動き出したし、アンタのマスターとやらも痺れを切らせてきたってコト……?」
「いや、多分アイツ遊んでるだけだと思うけどな……」
 遠い目でふ、と一つ軽く溜息を吐き、肩をすくめてランサーはアーチャーに向き直る。
「で、どうすんだアーチャー。マスターの嬢ちゃんはともかく、お前のやる気がなきゃ戦った所で張り合いねぇからな。どうよ、最初の校庭の続きとしゃれ込まねぇか?」
 戦闘態勢に入る事はなく、ランサーはただアーチャーの返事を待つ。
 アーチャーは――やはり表情は変わらない。
 その態度にランサーの表情が曇り掛けたのと、アーチャーがやれやれと深く溜息を吐いたのとほぼ同時だった。
「やれやれ……君がマスター命令で動いている以上、此処での戦闘は避けられそうにないな」
「は、そう来なくっちゃよ」
 かつん、とコンクリートの床が、フェンスから飛び降り着地したランサーの靴音を響かせた。
 着地するが早いか、二人の手に現れる獲物。
 凛はごくりと息を飲み、後ろへと下がり二人を見据えた。
 もしもこの光景をただの人が見たならば……大抵の人間は息をする事も叶わないであろう、圧迫されるような緊張感。
 さすがの凛も肩を強張らせ、ぴくりとも動けずにいる。
 時間にして数秒。
 長く短い時間が流れた。
「……行くぜ」
「……受けて立つ」
 静かに。
 戦いが始まり――
『戻れランサー、襲撃を受けた』
「……!」
 一瞬で終った。
 ランサーの槍の刃先が、アーチャーの構えた双剣とぶつかろうとした瞬間、ランサーがピタリと動きを止めたのだ。
「……ランサー……?」
 困惑するアーチャーを他所に、ランサーは大きく一歩後ろに飛び退る。
「ち……こんな時に何だよあのヤロウ……!」
 苦々しげに顔を歪め、そのままフェンスを飛び越えた。
「おい!?」
 ランサーの行動の真意を察してか、アーチャーも慌てて後を追う。
「勝負はお預けだ。決着は必ず着けようぜアーチャー」
 それだけ言って、ランサーはアーチャーが何か言おうとしたのも待たずコンクリートの床を蹴り、ふわりとビルから飛び降りた。
 そして――
 落下して行く途中、視界の先に見つけた、ビルへと近付いてくる、一人の少年の姿。
(ありゃぁ……セイバーのとこの坊主か……?)
 なにやら酷く満身創痍の様子で、よく見れば結構酷い怪我も負っている様だ。
(誰かにやられたのか……それにしちゃセイバーも連れずにどうしたってんだ?)
 だがしかし、気になった所で今はそれどころではない。
(襲撃を受けたってアノヤロー……まぁ令呪で呼ばれなかったって事はそんな大した事じゃねぇんだろうが……ったく、行けって言ったり戻れって言ったりサーヴァント使い荒すぎるだろクソマスター)
 つうかタイミング最悪なんだよ、と胸の内で悪態を吐きながら、とにもかくにもマスターの居る方を目指す。
 気配のする方からして、どうやら既に教会からは離れているようだったが。
(いや……今回ばかりは運が良かったと言うべきか……)
 ビル街を、あるいは住宅街を飛び回りながら、ランサーはどこかほっと胸を撫で下ろしているのを自覚していた。
 あんな変な形で再び戦う事にならずに済んで良かったと。
 やはり奴とは、変な制約など無しであの校庭での続きをやりたかったから。
 いや、それよりも今は。
(もっと……話がしたい。あいつと)
 あの男の事をもっと知りたいと願う自分が、確かにそこにいたのだ。
 半分は興味から。
 そしてもう半分は――
 霊体である筈の口元が、かすかに歪んで吊り上ったのを、ランサーは感じていた。
 其れ程までに、自分はあのアーチャーという相手に入れ込んでしまっていたのかと。
嘲笑と愉悦の混じった、何とも度し難い笑みを浮かべ、ランサーは闇夜に紛れ姿を消した。



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