槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 8



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




「なぜ、その名を知っている……?」
 警戒、はなく、ただ苦々しいと言った表情で、アーチャーは問うた。
「何、悪いとは思ったんだがな、坊主と嬢ちゃんの話し聞いてたら、嫌でも分かっちまった。つってもまぁ、確証は無かったんだけどな。さっき坊主とキャスターが話してる時のお前の顔見ててほとんど確信したっつうか。薄々気付いてるかも知れねぇが、嬢ちゃんも……坊主もたぶん気付いてるぜ、お前の正体」
「……」
 応えられる言葉も無く、アーチャーは暫し押し黙ったままグラスに視線を落とし、やがて小さく息を吐いた。
「手を、離してもらえるか、ランサー」
「あ、わりぃ……」
 静かに言い放たれ、ランサーも思わずそれに従った。
 ちょっとだけ……いや、かなり名残惜しかったが。
 アーチャーは俯いたまま、何やら考え込んでしまいだしたようで何も話そうとしない。
 こういう時黙り込んでしまうのは、アーチャーの悪い癖だとランサーは思う。
「できれば……知られたくなかったんだがな……」
 ぽつりと吐露された言葉には苦笑が混じり、ぐい、と酒を飲み干す様子がアーチャーの自棄を表している様で。
「以前私が面倒だと言ったのはそういう事だよ、ランサー。何せ生前一度君に殺され――英霊の座に収まり磨耗し果はてて久しいと言うのに、此度の現界で再び君に会って……尚君に惹かれている。滑稽だろう」
 自嘲もあらわにそう言って、心持ちどよりと落ちた肩を、ランサーはちょいちょいと軽く突付く。
「なんだ?」
 アーチャーが顔を上げるのを見ると、親指と中指をくっつけ、ぐぐ、と力を込めた中指をその親指で弾き。
 びし、とアーチャーの額に打ち据えた。
 いわゆる見事な、デコピン、である。
「てめぇ、ぶぁかか!?」
「な!?」
 地味にじわじわと来ているであろう痛みに額に手をやりながら、アーチャーは抗議の視線をぶつけた。
 さすがに英霊、これぐらいでは涙目になったりなどはしなかった。
 可愛げのない。 
「あのな、オレはお前が何者かなんてなぁどうでもいいんだよ! そりゃあちと驚きはしたけどな、むしろ嬉しかったんだぜ?」
「嬉しい……?」
 ランサーの勢いに気圧されたかの様にキョトンと目を丸くして聞き返す。
 その目と正面で目を合わせ、暫く黙っていたが、ふふん、と笑みを浮かべ、空だったグラスに新たな一杯を注いだ。
「こっちの話しだ、気にすんな」
「……そうやってすぐはぐらかすのは君の悪い癖だと思うんだが」
 少し拗ねた様子でそう言うのがなんだか可愛らしく思えて、ランサーはくく、と笑いを噛み殺した。
「まぁそう言うなって。言いたくなったら言わせてもらうからよ」
 言いつつ手首を動かすと、グラスの中の溶けかけた氷がカラン、と心地よい音を立てた。
 どうにも釈然としないと言った様子でそんなランサーの横顔をじとりと眺める粘り気のある視線に気付いて、ランサーは口にしていたグラスを放してにっと笑うと、おもむろに手を伸ばしアーチャーの髪をわしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「んな顔してんなって。せっかくの美味い酒がもったいねぇだろ?」
「やめんか」
 ランサーの手を払いのけ、乱された前髪を後ろへ撫で付けるのを、ランサーは暫しぽかんと瞬きも忘れて凝視した。
「……何だ」
「あ、いやな、お前、やっぱ坊主なんだなと思ってな」
「?」
 ランサーに乱された前髪の人房が垂れた時、一瞬垣間見えた少年の面影。
 それに色々と思う所はあるのだが、ランサーはあえて今はそんな幼く見えた一面に胸躍らせるに止める事にした。
 だから次にでた言葉は当然。
「うん、可愛いわ、お前」
 そんな心からの口説き文句で。


「まったく、このシチュエーションで口付けの一つもしようとしないなんてとんだヘタレだわね。アルスターの大英雄が聞いて呆れるわ」
 寺の一角、山門の傍に腰掛け、その手の平にふよふよと浮いたテニスボールほどの大きさの水晶を覗き込んでいたキャスターは、ふんと一つ荒く鼻息を吐いてその水晶に込めていた魔力を切った。
 水晶にはアーチャーがびす、とランサーに見事なチョップをお見舞いしている様子(ランサーが痛がっては居ない様子なのでおそらく照れ隠しの手加減当社費6割程度)が映し出されていたが、とたん力を失った様に、重力に従って落ち始めた水晶を、キャスターの手がぱしりと掴む。
 いかな技術を用いてかは神代の高位魔術を巧みに駆使するキャスターのみぞ知る所だが、音声までは届いていなかったので会話の内容までは聞いていない様だった。
「やれやれ、我が主は何時から覗き紛いの趣味を持たれたのやら」
 覗き紛いどころか心技体見事に揃った立派に覗きなのだが。
 だが当のキャスターはアサシンの言葉を意に介した様子もなく。 
「何とでも仰いな。手駒のサーヴァントの監視もマスターの勤めでしょう。私はマスターとして当然の事をしているだけよ」
「その割には、わざわざその様なマジナイの道具まで持ち出す程の熱の入れ様……正直解せんのだが?」
「ふふん、いいでしょうこの水晶。神性の欠片も残っていないようなこの時代だけれど、進化した技術だけは素晴らしいと認めざるを得ないわね。魔術の類もなしにこれだけ純度の高い大粒の水晶を人工的に作り出せる上に、完璧な球体に磨き上げられるなんてね。安かったし」
 新都のデパート、何でも揃って便利な所です。
「ほう、ではそれは天然物ではないのか?」
「いいのよそれで。様は魔力を受け入れる器としての価値の問題だもの。私が魔力を込めれば天然のマナを持つそれと大して変わらないし、こうやって監視モニターの変わりぐらいには働いてくれるわ」
 目下鉱石魔術を研究している凛が聞いたら卒倒しそうな事をさらりと言いつつ、キャスターは水晶をローブの内へとしまって立ち上がった。
「それとねアサシン、勘違いしている様だけれど、私は別にあの二人に肩入れしている訳じゃないわ。見ていて腹が立ってくるからちょっかいを出しているだけだもの」
「人それをお節介と言うのだが?」
「違うわよ。悔しいじゃないの、相思相愛なのに幸せになれないなんて」
「ほう?」
 鬼の首でも取ったかのようににやにやと笑みを浮かべるアサシンに気付いた時には時既に遅く。
「な、何よその目は! 言いたい事があるならはっきり仰い!」
「いや、我が主殿は思っていた以上に乙女らしい思考を持ち合わせているものだと歓心しているのだが」
「お、おとっ……」
 顔を真っ赤にして体をわなわなと震わせて、キャスターはびし、とアサシンを指差した。
「私はそんな浮ついてなんていないわよっ! 私なんかよりあのアーチャーの方がよっぽど乙女じゃないの!」
「はは、それは愉快。あれを乙女と申すか」
 彼にしては珍しく白い歯を覗かせて笑ったものの、キャスターに取っては馬鹿にされた様にしか見えなかったらしく、己が従者から目をそらすと一つ荒く息を吐いて腕を組んだ。
「と、とにかくっ! 私は報われない恋ってのが見てられないって言うか……納得行かないだけよ! べ、別に見せ付けてくれちゃってちょっと羨ましいとかっ! そんなんじゃないんですからねっ!?」
「残念、つんでれとやらには年齢制限がある様だぞ」
「また臓物ぶちまけられたいのかしら?」
「おお、恐い恐い」
 大げさに肩を竦めたいつもの嫌味な態度も慣れた物で、キャスターは諦め半分でもういいわ、とつぶやいた。
「私はもう部屋に戻るわ。いいことアサシン、今のところ警戒すべきは謎の8人目のサーヴァントのみ。とは言え、だからと言って気を抜くんじゃないわよ」
「つまりは、いつも通りで良いのだろう?」
「分かっているのならいいのよ」
 それだけ言うと、キャスターは脱いでいたローブのフードを被り直し、自室へと戻って行った。
 彼女の足音が遠ざかった後にはただ、草木の風に撫でられる音だけが辺りに響く。
「……詮方ないな、我が主も」
 仮にも、マスターとサーヴァントという間柄、アサシンもキャスターの身の上を少なからず垣間見ていた。
 故にこそ、恋に踊らされ魔女と成り果てた彼女が何を思い、何を望んでいるのかはある程度理解している積りだったから。
「あの弓兵殿の御人好しが移ったかな」
 などと思い付きを口にして、一人苦笑する。
 まぁ、以前剣を交えた時、彼を見逃した自分が言えた事ではなかったが。
 

「あー、やーっと監視の目がなくなったみてぇだな」
「ほう、気付いていたか」
 瓶の中身はすっかり空になり、二人は何をするでもなくただ座したままでいたのだが、闇にまぎれてキャスターが部屋に戻るのを屋根の上から見送ると、辺りに漂っていた魔力を孕んだ歪みも消えている事に気が付いた。
「どういう積りか知らねぇが、まぁオレが余計な事しない様に監視でもしてたってとこだろ」
 それもあるのだろうが、大半の理由がデバガメであるという事実を二人が知る由もなく。
 何れにせよ、監視の目がないというのはやはり心なしか清清しいもので。
「先ほどの応えがまだだったな」
「ん?」
 すぐに思い当たらず聞き返し、ランサーは取り合えず上空に向けていた視線をアーチャーに向けた。
 今朝方降った雨の為か、今宵は済んだ空気に星空が映えて綺麗だった。
「触れられて嫌かと聞いただろう?」
「あ、あれか」
「それについてはな、嫌ではない、とだけ言っておく」
 こういう時のアーチャーはとても分かり安い。
 明かりが少なく暗いこの場所でも、アーチャーの顔がほんのり朱い事がはっきりとみて取れるぐらいだった。
 自然、ランサーの方もにやにやと嫌な笑みが浮かんでしまうのは仕方がない。
「そりゃ何より。……じゃあよ、その前の質問はどうなんだ?」
「そんなの決まっているだろう。言わせるつもりかたわけ」
「わぁお」
 出たよアーチャーお得意の逆ギレデレ。
「いっそ恥ずかしくて何か素直に喜べねぇ……」
「何を言う。恥ずかしいのはこっちだろう?」
「はいそーですねー」
 ははん、と薄ら笑いを浮かべて、ランサーは空になった瓶を軽く振った。
 それにしても、キャスターも質が悪い。
 仮にも自分達はいわゆる同性愛というやつで、それだけで忌み嫌う者も少なくはないはずなのだが、それを知ってなお嫌悪するでもなくこうしてちょっかいを出してくるのだから大概と言えよう。
「……ん?」
 そこまで考えて思い至った事実に、ランサーは思わず声をあげた。
「そういや、今朝の騒ぎで色々バレちまったんだなぁ。坊主達に」
「何がだ?」
 どうやら分かっていないらしいのを見ると、ちょっとした悪戯心が沸いて来てランサーはにやりと笑みを浮かべてアーチャーの耳元に顔を寄せてぽそりと囁いた。
「とりあえず、お前がオレにベタボレって事?」
「!?」
 途端アーチャーは顔を真っ赤に染める……かと思いきや。
「あ、いや、悪かったって。そういう積もりじゃなかったんだが謝るからそう落ち込むなよ」
 どんよりと肩を落として凹んでしまったアーチャーに、ランサーも思わずぽむぽむと背中を優しく叩いて慰めた。






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