槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 10



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




「どうしたランサー、急に落ち込んだりして何かあったのかね?」
「いや、色々思い出して昨晩なんてもったいないことしたんだって自分の不甲斐なさにその辺の柱の角に思いっきり頭打ちつけたい気分なだけだから気にすんな」
 まるでこの世の終わりにでも遭遇したかの様な表情で項垂れていた所にしれっとそんな事を言われ、はははんと虚しい涙を飲み込むしかないランサー。
 じわじわと思い出した昨夜の記憶。
 あんなチャンスは、おそらくこの聖杯戦争中に二度とはないと思われて。
 そんなランサーの無念を知ってか知らずか、アーチャーは一度首を傾げたが考えても仕方がないと判断したらしく、かたわらに畳んであった服に手をのばして着替を初めてしまった。
「 良く分からないが……とりあえず浴衣は着替えて畳んでおくといい」
「はいよー」
 気のない返事を返し、もそもそと着替を済ませると、先に着替えを済ませていたアーチャーが部屋を出て行く所だった。
「どこ行くんだ?」
「顔を洗いに行く」
「あ、オレもー」
 律儀に足を止めて答えてくれたアーチャーを追いかけて部屋を出ると、洗面所までの長い廊下をとぼとぼと歩いて行く。
 途中朝のお勤めの準備中らしく、やや早足で本堂に向かう坊主の一人とすれ違った。
 二人とは面識が無かったにも関わらず愛想良く挨拶をしてくれたのだが、驚くでも戸惑うでもないその様子からおそらく昨夜キャスターが施した暗示の魔術が効いているのだろうと伺えた。
 ほどなくして洗面所まで辿り着き、交代に顔を洗っていると零観がひょっこりと顔を出した。
「おお、お二人ともお早いな」
「おはよーさん」
「おはようございます」
 軽く挨拶を交わすと、零観は恥ずかしそうに見事な角刈りにされた頭に手をやった。
「いやぁ、昨晩はあ申し訳ない。久しぶりにあんな賑やかに酒を飲んだものでつい調子に乗ってしまった様だ」
「気にすぬがっ!」
「いえ、こちらこそ客の身で大変失礼をした」
 ランサーの言葉を遮るように、アーチャーはランサーの頭を後ろからぐいと押しこんで下げさせた。
 すぐに開放されたが、当然ランサーは無言で抗議の目をアーチャーにぶつけるも当のアーチャーは涼しい顔である。
 端から見ているとコントのようにすら見える二人のやりとりに、零観は軽く喉を震わせて笑った。
「しかし二人共あまりにお強いんで驚きましたよ。最近の若者はあまり酒を飲まないと言うが、まだまだ骨のある奴はいるもんですなぁ。私もあの程度で酒に飲まれるようでは修行が足りないようだ」
 どこか嬉しそうに言う男も、まだ十分に若者の部類に入るのだろうが。
「あんたも中々手ごわかったぜ。言う割に今朝はすっきりしてるしな。機会があったらまた飲み比べてみたいもんだ」
「ええ、是非とも」
 互いににやりと不敵な笑みを浮かべる二人を、アーチャーは諭すでも呆れたといった様子でもなくしれっとした表情で言い放つ。
「昨日の今日で言うのも何だがな、貴方も仏の道に身を置く者。そうでなくとも、酒は程々に上手く付き合わねば身を滅ぼすぞ」
「あぁ? なんだよアーチャー、そう言うわりには昨日結構ノリノリで酒飲んでたじゃねぇか」
「む……」
 昨夜のどんちゃん騒ぎを思い出したらしく、アーチャーは気まずそうに視線を逸らした。
「た、たまには良いだろう、私だって楽しい酒の席で振舞う態度ぐらい心得ている!」
 ごまかすようにぷいと視線を逸らしたアーチャーに、横にいた零観が堪えきれず声を上げて笑った。
「な、何か可笑しかっただろうか?」
「いや、昨晩から言おうかとおもっていたんだが、アーチャー殿は随分と面白い言い回しをするものだと思ってな」
「そういう貴方は、随分と古臭い言葉を使う」
「ははは! それもそうだ!」
 笑い合う二人を見て、一瞬ランサーは息を飲んだ。
 昨日は酒を飲んでハイになっていたせいかそれほど感じなかったのだが……
 あぁ、やはり楽しそうに笑っているアーチャーを見るのは素直に嬉しいとランサーはふとそんな事を思った。
 その後、零観は洗面台で顔を洗うと、朝のお勤めがあるのでと足早に本堂へと向かって行き、洗面所には、再びランサーとアーチャーの二人が残された。
「さて、もう良い時間だし、ここにいても仕方がないな……私は朝食の支度を手伝わせてもらってくる」
「えぇっ!? お前がわざわざやる事ぁねえだろ!?」
「私がやらねば……餓えで発狂して寺ごと吹き飛ばしかねない猛獣が一人いるのでな……」
「はぁ? そうなんか?」
 セイバーのお食事事情を良く知らないランサーは、僅かに首を傾げるしかなく。
「まぁ、こちらの話だ。そうでなくとも、客人として一宿一飯の例はあるからな」
 そう言って踵を変えそうとしたアーチャーの手を、半ば反射的にランサーは掴んでいた。
「……ランサー?」
「あ、いや……オレも手伝うわ……」
「そ、そうか?」
 どことなくぎこちない雰囲気のまま、取りあえず二人は調理場を目指して洗面所を後にした。

 ちなみに、二人(主にアーチャー)の手伝いの域を超えて作られた朝食は、一応の精進料理でありながら寺の者達を大いに満足させたのだった。
 余談だが、アーチャーの料理を食べた一成が、曰く懐かしいようなとても馴染みのあるような味だとなんとも言えない複雑な表情をしていたり、アーチャーがこっそりとセイバーの為に別メニューを後から部屋に届けていたりしたのだが、その辺はまた別の話。


 朝食を取りしばしの後、ランサーの姿は寺の境内にあった。
 昨晩留守にしていたのにこの時間までなんの連絡もないマスターの事も一応は気に掛かり、長居は無用と早々に寺を去る事にしたのだ。
 来た時とは違って堂々と立ち去ろうと長い階段へと向かって歩いていると、見計らったかのように現れたキャスターに呼び止められた。
「帰るのね」
「おう、邪魔したな」
 わざわざ見送りに来てくれた訳ではないのは分かっていたが、一応の礼節と軽く手を振って、ランサーはキャスターの横を通り過ぎ、そのまま境内を出ようとした。
「……お待ちなさい」
 呼び止められて振り返ると、キャスターはなにやら真剣な表情でランサーを正面から見据えた。
「……夢をみたのよ」
「夢?」
 皮肉のひとつでも言われるかと身構えていた所に、キャスターから発せられた意外な一言。
 その言葉が何を意味するのか、ランサーが理解するのにしばしの間を要した。
「……そうか、忘れかけてたが、今はれっきしたマスターとサーヴァントなんだよな、アンタとあいつ」
「えぇ、おかげで見たくもないものを見せられたわよ。何となくとんでもない男だとは最初から思っていたけれど、予想以上だったわ」
 もううんざり、と肩をすくめたかと思うと、はっと思い出したようにランサーに向き直り詰め寄った。
「そんな事はどうでも良いのよ! 問題なのはアナタよ、アナタ!」
 びし、とランサーの胸板をつつき、じとりと上目遣いに睨めつけてくるキャスター。思わずランサーもたじろいだ。
「お、オレ?」
「そうよ、アナタ一体彼をどうしたいのよ?」
「どうしたいってなぁ……」
 もちろん、キャスターの言う事の意味が汲み取れないランサーではない。
 だがはっきりとそう言われてしまうと、どうにも言葉に困ってしまった。
「それはまた、あんたともあろう人が随分野暮ったい事を聞くんだな。惚れた相手に望む事なんざ大体決まってるだろう」
「それがあなたの本心ならね」
 あぁ、やはりこの女とは根本的な所で気が合わない、と改めてランサーは思った。
 昔からこういう類の女とはソリが合わないのだ。
 こういう、男をどこまでも見透かしていながら知らないふりをしてくれない女とは。
 とはいえ――
「本心さ、間違いなくな」
 その事に偽りはない。それははっきりと断言できる。
 だがどうにもすっきりとしない何かが、ランサーの言葉を歯切れの悪いものにさせていた。
「そう……、だな、どうしたいんだろうな、オレは」
 口にして、改めてそんなことを思う。
 先に自分を好きだと想いを伝えてくれたのは彼の方だ。
 それにかこつけて無理にでも組み伏せてなし崩しにモノにしてしまえば気は済むのだろうか。
(いや、そりゃないか……)
 思わず漏れた苦笑は、そんな自問自答にか、あるいは思い至った考えにか。
 そんな事をすればきっと彼は傷付く。
 それも分かっている。
 分かっているからこそ、今一歩押し切れずにいると言うのに。
 だからこそ、今の自分にキャスターの投げかけた問いが胸に引っかかって解け切れないと言うのに。
 そんな様子に、キャスターは諦めもあらわに肩を竦めて軽く溜息を吐いた。
「まぁいいわ……貴方達の問題に私が口出しするのは筋が違うのも良いところだものね」
 そうよ、何で私が、とぶつぶつ呟きだしたのに、ランサーは苦笑をもう一つ。
「そう言う割りには、何か企んでんじゃねぇかってくらい協力的な気がするんだが?」
「う、うるさいわねっ! 言ったでしょう、私は私のためになる事しかやらないのよっ!企んでるに決まってるじゃないのっ!」
 そこで何をムキになって顔を赤くしているのか、ランサーには今一つ分からなかったのだが。
「まぁ何だ、だったら今はその企みに乗ってやる、それでいいんだろ」
「……ふん、それしかないんですからね、身の程をわきまえておいて損はないわよ」
「け、言いやがるぜ。まぁ今回のは一一応礼は言っとくぜ」
 もう話は終わりとばかりに背を向けて、軽く手を振って階段を降りて行くのを、キャスターは溜息混じりに見送った。
 そのまま本堂の方へとゆっくりとした足取りで進むと、やがてふわりと浮き上がり、屋根の上へと降り立った。
 それに応じる様に、それまで何も無かった屋根の上に浮かび上がる用に現れた赤い人影。
「……挨拶はよかったのかしら、アーチャー?」
「なに、協力するにせよ戦うにせよ、奴とはいずれまた顔を合わせるだろうからな。煩わしい挨拶ならないに越したことはなかろう?」
「あら、寂しいの間違いじゃなくて?」
「誰が寂しがるものか」
 ぷい、と明後日の方向を向いて腕を組んで見せたのを肯定と勝手に解釈して、キャスターはふふんと目を細めて踵を返した。
「必要ないかもしれないけれど、しばらく辺りを見張っていて頂戴。私は使い魔で偵察に集中するからしばらく部屋にいるわ。、何かあったら直接言いに来て頂戴」
「了解した」
 事務的なやり取りを終えると、アーチャーはキャスターが自室の篭るのを見届け、自らも霊体と化して屋根の上へと上がった。

 自室へ戻り、隣の客室にいるであろうセイバーの気配を確認し、キャスターは軽く息を吐く。
「私もヤキが回ったって奴かしらね……他人の色恋沙汰に躍起になるなんて」
 別にアーチャーという男の幸せを祈る訳でもない。
 今だって自分は、聖杯戦争を勝ち抜く事を忘れた訳ではないのだ。
 彼らがどんな結末を迎えようとも知ったことでもない。
 ただ彼女は、どうしても報われない恋というものを見るのが嫌で仕方がないのだ。
 あるいはそれは、ただ自単に分の過去を否定してしまいたいという思いから来る物なのかもしれなかったが。
「……悲恋、なんてかわいらしい物にしたら許さないんだから……」
 そんな物は、魔女の専売特許なのだから。


 そろり、そろりと、目的の場所までの歩を慎重に進める。
 霊体となり、気配も可能な限り絶っている。
 当然足音はないし、よほどの霊感がある人間ですら存在を認識する事も難しいだろう。
 そう、そこにいるのが、普通の人間ならば。
「朝帰りか。悠長なものだな」
「!?」
 ぎくり、と身を強ばらせ、こうして霊体化しているのも無意味だと悟るまで数秒。
 ランサーは諦めて溜息と共に姿を表した。
「気付いてたのかよ……相変わらず人が悪いマスターだぜ」
「気付いていないとでも思ったのかね」
「いや、思ってねぇけどよ」
 相変わらず言葉がいちいち癪に障るエセ神父は、いつもの重苦しいカソックを脱いでソファーに腰掛けていた。
 もしかしたらと僅かな希望を胸に帰って来てみればこれである。
「それで、何か報告する事は?」
「特にねぇよ。昨日帰った時に報告した通り今はキャスターを中心に停戦協定中だ。マスターの命令が無い限りやることもねぇしブラブラしてきた。そんだけだ」
 昨日衛宮邸にて休戦の話がまとまった後、ランサーは取り敢えずの報告に一度戻っていた。
 勝手に休戦協定の話を受けてきた事を何か言われるかと腹をくくっていたのだが、彼のマスターの反応はと言うと、そうかと一度頷いただけという思いのほかあっさりとした物だった。
 もっとも、「相手はただでさえやっかいな上に、セイバーとアーチャーまでも手駒に置いたのだ、お前一人でこの状況をどうにか出来るのならばとうにやっている。向こうが休戦を飲んでくれたのならばそれに乗らない手はあるまい。」という軽い皮肉付きではあったが。
 そして特にこれと言った変動のないまま時が経ち、暇を持て余した結果の昨晩の柳洞寺乗り込みと相成った訳なのだが。
 ランサーとしてはてっきり無断外泊を何か良い咎められるかと多少覚悟はしていたのだが、当のマスターはと言うと、ソファに深く埋まり何やら思案に耽っているらしかった。
 何癖もあるこの男の事だ、昨晩ランサーがどこにいたのかぐらいは感知しているのだろう。
 仮にも敵陣の真っ只中へノコノコ出向いて行った事を何とも思っていないとは考え難いのだが。
 軽く拍子抜けしてどうしたものかと迷った末、ランサーはとりあえずふと思い立った質問を投げかけてみることにした。
「そういや、そっちこそ例の8人目のサーヴァントについては何か調べは付いたのか?」
「いや、残念ながらその件については何も分かっていないな。生憎と今はこうして隠れている身なのでね。調べられる事など限られてくる。そう簡単にはそんな重要な情報は掴めまい」
 しれっとそんな事を表情一つ変えずに言うのに何となく違和感を感じたが、問いただしたところでまともな答えが帰ってくるハズもないかと、ランサーは適当に相槌を返した他は特に何も言う事はなかった。
「まぁ、そういう訳だ。貴様も動きがあるまで待機……と言いたい所だが、今日は偵察を徹底するがいい。どうせここに籠っている気もないのだろう」
「ほぉ、テメーにしちゃ珍しく気の利いた事言いやがるじゃねぇか」
 ぴくりと眉を跳ね上げ、じっとりと視線を向ける従者に、言峰は不敵に笑を浮かべて口の端を僅かに釣り上げた。
「偵察はもう飽きたかね?」
「あーもう飽き飽きだね。性に合わねぇってもう知ってんだろうが」
「そう思うのは勝手だが、正直今他に貴様にできそうな事もないのでね」
「遠まわしに役立たずって言ってんのかてめぇ」
「ほう、役に立ちたいのかね? 何なら、私の身の回りの世話をしてもらっても構わんのだが?」
「誰がするかんなもん!」
 どうあがいても口ではこの男に叶わない事を思い出し、ランサーは不満気に舌を打ちつつ乱暴な足取りで歩みだした。
「わーったよ、テメーもせいぜい大人しく悪巧みでもしてやがれ」
 それだけ言うと、返事を待つでもなくランサーは館を出た。
 が、 出た所で立ち尽くし一言、
「困った……どこ行くかな……」
 と呟いた。
 偵察といっても、今サーヴァントの魔力を辿れそうなのは柳洞寺ぐらいのものだ。
 気配を遮断できるアサシンも、キャスターの手駒だ。
 8人目のサーヴァントとやらを探るには、あまりにも情報がなさ過ぎた。
「まさか寺にまた行くってなねぇよな……」
 今朝の今で行くのも気が引けるし、今度こそ不用意にあのキャスターに近づけば、自分のマスターの正体と居場所を探られかねない。
 休戦の話が出た時に、条件として聞き出されなかったのが不思議なくらいである。
 狡猾さが売りのキャスターの事である。
 あるいはもう当にこちらのマスターの正体まで割れていると思っておいた方が良いのかもしれない。
「いや、それにしちゃおかしいよな、確か一度直接戦ってるんだよな」
 言峰の言う事が本当であれば、数日前に教会を襲撃した際に顔を合わせているはずなのだ。
 それを踏まえた上でキャスターが何も言及してこなかったという事は……
「待てよおい……」
 ふと、唐突に思い至った考えに、ランサーはすぅっと顔を青くした。
「ひょっとしてアーチャーの奴……オレのマスターの事知ってるんじゃねぇだろうな……」
 彼は仮にも、今回の聖杯戦争の参加者である衛宮士郎の未来の姿なのだ。
 彼が生前どのような人生を歩んで来たのかは知らないが、ランサーの正体を一目で探り当てた彼の事だ。
 記憶を辿って今回の聖杯戦争に参加しているサーヴァントとマスターぐらい、知っていたとしても可笑しくないではないか。
 そう考えてみれば、ランサーが教会で見張りをやらされていた時にアーチャーがあっさりと彼の元を
訪れたのにも納得が行く。
 と同時によぎる、アーチャーが時折語ってくれた自分への想い。
「オレ……アイツに酷い事してたのかもしんねぇな……」
――面倒だと言ったのはそういう事だよ――
 あの時自分は、その言葉に対して深く考えていなかった。
 ただただ自分の気持ちを伝えるのに精一杯だったから。
 だがもしアーチャーが……ランサーの自惚れでなく生前から自分を想っていてくれていたのだとしたら……
「……っ!」
 思った次の瞬間、ランサーは地を蹴り走り出していた。
「馬鹿かオレは」
 もううじうじと悩むのは自分らしくないと止めにしたのではなかったか。
 惚れた相手は意地でも振り向かせるのが自分の心情ではなかったか。
 屋根をつたい、最速を誇るその脚でひた走り、目的の場所を目指す。
 行ってとにかく一言伝えなければ――


 柳洞寺の昼間は静かだ。
 こんな山間の、結構な階段を登らなければならないような場所にある寺にわざわざ訪れる者はごく僅かなのだ。
 寺の者達が掃除などで動いている時間とも外れている今は、さわさわと木々の揺れる音だけが響く。
 ざわめきに紛れて、かさり、とかすかに大きく揺れた木が一本。
 その音に、屋根の上で膳を組むでもなく目を閉じていたアーチャーは、おもむろに目を見開き右手を胸の前でぐっと握りしめた。
 その手には、どこから飛んで来たのか一本の小枝。
「……む?」
 それが攻撃目的で投擲された物ではないのは分かっていたのでとりあえず受け止めたのだが、その小枝には、一枚の紙切れが結び付けられていた。
「矢文のつもりか?」
 ぽつりと漏らしつつその紙切れを解き広げ――アーチャーは硬直した。
 脱力した手から取り落とした声だがコロンと屋根瓦に当たった。
「あ……あのたわけっ……!」
 叫びだしたい衝動を抑え、アーチャーがぐしゃりと握りつぶしたその紙切れには、一言だけこう書かれていた。

“面倒上等、どこまでも追いかけてやるから覚悟しやがれ”





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