槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 11



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




 久しぶりに、心地良い眠りについていた。
 酒を飲んで寝た訳でもないから酔いもなく、さしたる疲労もない。
 寝ると決めたのでもなく、自然と落ちるように眠っていたようだった。
 少々横になるだけのつもりだった筈が、しっかりと布団まで被っている辺りよほど眠かったのだろうか。
「む……寝ちまってたのか……」
 欠伸を漏らしつつそういうも、気分はとてもすっきりとしていた。
 とは言えまだ覚醒しきらない頭を覚まそうと一つ伸びをした所で、寝室の扉が開かれた。
「起きたか、ホリン」
 自分の起きた気配を察して呼びに来てくれたのだろうアーチャーが、優しく微笑んで声を掛けた。
「おー、おはよーエミヤ」
「朝食、味噌汁の具は何が良い?」
「んー……じゃあワカメと油揚げで」
 頭に浮かんだ希望の献立をリクエストすると、アーチャーはくすりと笑った。
「好きだな、その組み合わせ」
「おう、これぞ味噌汁! って感じでいいんだよなー」
 ランサーは基本的に食べ物の好き嫌いはほとんどないが、拘りを見せる事は多々あった。
 とりわけ和食に関してはオーソドックスな調理法や食べ合わせを好んだ。。
 もっとも、アーチャーの作る和食が美味いから何でも良いと密かに思っていたりするのだが。
「分かった、他はもう出来ている。冷めないうちに早く顔を洗って着替えてこい」
 言葉こそはやや粗いものの、その口調はやはり優しい。
「あぁ、すぐ行く……と、エミヤ、ちょっとこっちこっち」
 ちょいちょい、と手招きし、部屋を出て行こうとしていたアーチャーを呼び寄せる。
「どうした?」
 アーチャーが手の届く所まで近寄ったところで、おもむろに口付けた。
「……!」
 不意打ちのキスに、アーチャーの硬直が解けるまでの数秒間、ランサーはくつくつと笑いを堪えて次第に頬に朱がさして行く恋人の顔を眺めていた。
「改めて、おはようエミヤ」
「……やられた」
 むす、とした表情も、羞恥と驚きと少なからず歓喜が含まれたいるのが見えればただただ可愛いと言うもので。
「毎度掛かってくれてうれしいぜー」
 くしゃりと髪を撫だまわすと、いよいよ顔を真っ赤してアーチャーはぷいと踵を返してしまった。
「あまりからかうなら食事は抜きだ。と何度も言ったつもりなんだが?」
「わー悪かった悪かった! この通りだお許しをー!」
 布団の上で土下座するランサーに、アーチャーは苦笑混じりに溜息を一つ。
「早く来い。今朝は君のリクエストに応えて魚を焼いたんだ。冷めてしまっては台無しだからな」
「おう、すぐ行くぜ」
 そう言って部屋を後にしたアーチャーの背中(エプロン付き)を見送り、急ぎ支度を済ませようと立ち上がろうとしたその時。
 目が覚めかけていた筈だったまぶたが、再び急激に重さを増した。
「あ……れ……?」
 抗いがたい睡魔に襲われ、ランサーは再び眠りに着いて。


 目が覚めた時、ランサーは木の上で器用に寝そべっていた。
「む……寝ちまってたのか……」
 自分の言った言葉に妙な既視感を覚えながらも、まだ重たいまぶたを軽く擦って伸びをした。
「夢……だったのか今の……」
 内容はよく覚えていないが、なんだか妙に甘ったるい物を見ていたような気がした。
「……な訳ねぇか。サーヴァントが夢なんざ見る訳ねぇしな」
 おそらく過去の記録が無意識の流れ込んででも来たのだろう。
 自嘲気味に口元を釣り上げ、よっと掛け声を掛けつつ木の上から飛び降りる。
「しかし……暇だな……」
 誰も近くにいないと、独り言も何だか余計に虚しい気がしてくるから質が悪い。
 まあそれはさて置き。
 あの後……半ば衝動的に文矢の真似事で枝に結びつけた手紙をアーチャーに叩きつけた後、念のため寺の周囲を調べたがこれと言った異変はなかった。
 まあ、あの辺りはキャスターの神殿。
 合わせて四人ものサーヴァントが目を光らせているのだ。
 自分が出る幕は無いだろう。
 はてさてどうした物か考えようと、寺の横手の小さな林の木に登ってみたところ、うっかり転寝してしまったようだ。
 偵察を言いつけられてはいるものの、これと言って注意を払うべき場所など……
「あ」
 一箇所、あった。


「で、うちに来た訳か……」
 訪れた衛宮邸で、ランサーは出されたチャーハンを貪るような勢いで味わっていた。
「わりーな坊主、昼メシまで食わせてもらっちまってよー」
「まあそれは良いんだけどさ……何しに来たんだ、アンタ」
「へ、ほりゃまあ、暇潰ひ?」
 と、表向きにこじつけた理由を述べる。 
「ああそう……」
 呆れ顔の士郎をよそに、ランサーはレンゲで最後の一口を口に運ぶと満足そうに腹をポンポンと叩いた」
「ごっそさん! いやー驚いたぜ、中華料理も作る奴が作りゃ上手いんだなあ」
「? ま、まあ中華は遠坂の方が上手いけどな、俺はそれに触発されて練習中の身だよ」
「まじか!?嬢ちゃんはコレもっと上手いってのか!?」
 驚きに身を乗り出したランサーに、士郎ははてなと首を傾げた。
「ランサー、もしかして何処かで不味い中華でも食べたのか?」
 問われランサーはビクリと身を強張らせ、小さく……否、がたがたと震え出した。
「あれは……あれは料理なんてもんじゃねえ……今はっきりとそれが分かったぜ……」
「そ、そうか……」
 何となく深く追求して欲しくないのを察してくれたのか、士郎はそれ以上何も言わなかった。
「そういや、その中華が上手な嬢ちゃんはどうしたんだ?」
「あぁ、遠坂ならちょっと作業があるって言って、昨日の夜から部屋に篭ってるよ」
「ふーん? そういや、8人目のサーヴァントの事、何か分かったのか?」
 本来の目的を思い出し、あまり期待をしていない問いを投げかける。
「いや、何も。前に一度見て以来会ってないからな」
「そうか、まぁしゃーないわな」
 とは言え、件の8人目のサーヴァントとやらに会ったのはこの中では少年と少女だけなのだ。
 シンジとか言う元ライダーのマスターが契約したらしいという事は少年少女の話から分かっているのだが、何やら独断で動いていた節があったらしい。
 あと分かっているのは――金ぴかだったって事ぐらい。
「要するに、進展はなしか」
「まぁ、そういう事だな……」
 士郎が出してくれたお茶を啜り、二人同時に溜息を吐く。
「でも、アイツは必ずまた現れる気がする」
 ぽつりと呟いた士郎の声は、どこか確信に満ちていて、ランサーはほうと声を上げた。
「どうしてそう思う?」
「どうしてって……まぁ何となくだけど、アイツ俺の事やたらと目の敵にしてたような感じだったし……そうじゃなくても、俺達が休戦している以上、いつかは戦う事になるだろう」
「そりゃまぁ、そうだろうな」
 もっともな意見に、ランサーも気だるげに相槌を打った。 
 とはいえ、自分は未だ件の8人目のサーヴァントとやらをこの目で見てはいないのだ。
 少しでも情報は欲しい所だったが、この様子ではそれも望めそうにないだろう。
 そんな訳で、聞くことも無くなって余裕が出来てしまうと、余計な事まで色々と考えてしまうもので。
 まだ半分ほど残っている湯飲みを置いてじーっと士郎の横顔を眺めやる。
 アーチャー……エミヤの過去であるらしいこの少年からは、ランサーの知るアーチャーの面影はあまり感じられない。
 背格好からしてだいぶ違うし、目元の辺りが何となく似ているような気がしないでも無いが、やはり同じ人物と言われても今ひとつぴんと来ない。
 そこで、ランサーはある問いを投げかけてみる事にした。
「なぁ坊主」
「ん? あぁ、お茶のお代わりか?」
「あ、お構い無く」
 少々的外れな気をきかせてくれたのを手で制し、ランサーは言葉を続ける。
「坊主、お前さ、オレの事好きか?」
「なんでさ!?」
 即答で答えてずざざざ、と身を引いたのを見て、ランサーは妙に納得してしまった。
「うん、そうだよな、それが普通の反応だよなぁ」
 こういう時、アーチャーだったらきっと「当たり前だろうたわけ」とかちょっとだけ恥じらって言うに違いない。
 やはり存在していた世界は、こことはずいぶん違っているのだろう。
 そうでなければあの男が自分にベタボレな理由が分からない。
 そう勝手に納得する事にして、ランサーは一人うんうんと頷いた。
「そりゃまぁ……ランサーってまっとうな英雄だしさ、憧れてはいるかもしれないけど……」
 ぽそりとそんな事を少年が呟いていたのも、きっと気のせいだ。


 衛宮邸を後にし、またしてもやることが無くなり、その後夜になるまで適当に街中を捜索したものの、これと言った異変は見つからず、真っ直ぐあの神父の待ち構えている館へ帰る気にもなれずに、ランサーは何となく港に足を運んでいた。
「どうせならゆっくり夜釣りでもしてぇけど、流石になぁ」
 戦争が終わって暇になったら、ここで釣りに明け暮れるのもいいかもしれない。
 などと思いながら打ち寄せる波の音を聞いていると、心なしか落ち着いて来て。
「まぁ、大物が釣れたみたいだし良しとするかね」
 誰へともなくぽつりと呟いた。
「……釣りは、得意なのかな?」
「おう、自慢じゃないが釣りと素潜りはかなり自信あるぜ?」
「ほう、ならば一度釣りで勝負と洒落込んでみたいものだな」
 背後に立っていたアーチャーは、何時もの赤い外套姿を脱いだラフな格好をしていた。
「珍しいな、そういう格好してんの」
「今はあの外套を纏うべき時ではないからな。買い物のついでだ」
「買い物?」
「……味噌をな、切らしたんだそうだ」
「へー、よく寺を出れたと思ったが、粋な計らいってやつか?」
「……まぁ、そんな所だろう」
 はぁ、とアーチャーの漏らした溜息で、会話が途切れてしまった。
 とくにこれといって話すべき事も見つからず、ランサーはできるだけさりげなく、今最も聞いておくべき事を口にした。。
「そういやさ、お前って生前、今回の聖杯戦争、経験してるんだよな?」
「まぁ、一応な」
 一瞬、緊張が走る。
 思いの他あっさりとした返答に、ランサーはこくりと喉を鳴らして次の質問に移った。
「ひょっとしてお前……8人目のサーヴァントについて何か知ってるんじゃないのか?」
「いや、残念ながらな。生前の記憶は酷く曖昧なんだ。会っていたとしても生憎覚えていないんだ」
「……おれのマスターの事もか?」
 いよいよ確信に迫る質問に、アーチャーはしばし無言のままランサーを真正面から見据え、やがて軽く首を横に振った。
「あぁ。覚えていない」
 ほっとしたような、少し残念なような複雑な気分で、ランサーはアーチャーの顔を覗き込む。
 疑う訳ではないが、その真意を探るように。
「そうなのか? 」
「あぁ、期待に添えなくて残念無念だが」
 どうやらランサーの質問の意図は察してくれていたようだったが、とにもかくにも先ほど少し焦ったのは杞憂だったようだ。
……ようなのだが。
「……君の事は、一目会ってすぐに思い出したがね」
「へ?」
 付け足された言葉を咀嚼するのに数秒を要し、間の抜けた声が漏らしたランサーを他所に、アーチャーはゆっくりと口を開く。
「私にとって、君という存在はそれ程までに鮮烈だったんだろうな。何せ出会いが最悪すぎた」
「あー……やっぱな……そうだよな……」
 思い返すは深夜の学校での出来事。無論、つい数日前のサーヴァントとしての出会いではない。
 ロマンもムードもへったくれも無い、出会い頭に殺した、などと言う考えうる限りこれ以上ないであろう最悪の出会いだった。
 まだろくに戦いも知らない、言ってしまえば平凡だったはずの少年の目には、自分は化物かあるいは死神にすら見えた事だろう。
 だと言うのに。
「それでも、君は私が憧れた本物の英雄だったよ。どこまでもな」
 自嘲すら滲む笑みで、
「だから……恐いんだ、君がこの手に届く距離に居る事が」
 ぎり、という音が響いた。
 ランサーが思わず奥歯を噛み締めていた音だ。
 またかと。
 何を思って彼はこうまで幸福を拒むのか。
 何が一体こうまでこの男を頑なにさせていると言うのか。
 それを理解するには、ランサーはまだアーチャーという男を知らなさすぎなのだと気付かされ。
 気がつけば、ランサーはアーチャーを抱き寄せていた。
「なぁ、オレはどうしたらいい、アーチャー……」
「……」
 自分では彼の心を解く事は出来ないというのか。
「教えてくれよ……エミヤ」
「……私は……」
 そこから先を、アーチャーは言わなかった。
 いや、言えなかったと言うべきか。
 なぜなら。
「呼んでいる……」
「え?」
 ゆっくりとアーチャーはランサーを押し返し、ランサーもアーチャーの真剣な表情につられて息を飲んだ。
「キャスターが呼んでいる……寺で何かあったのかもしれん」
「!?」
 それが一体何を意味するのかは、想像に難くない。
「オレも行く……」
「……ああ」
 まだ浅い夜は、急速に動き出していた。


 柳洞寺に辿り着き、二人が目にした光景は無残な物だった。
 まず目についたのは、瓦礫の山と化した境内。
 本堂の方は殆ど無事であったのは、おそらくキャスターが必死で結界を張り守った結果だろう。
 そのキャスターは、砕け散った石畳の上でそのマスターと共にぼろぼろになって倒れていた。
「酷いな……」
 じゃり、と音を建てる参道を踏みしめ、ランサーはぽつりと呟いた。
 ちらりと長い参道の階段へと目を向けたが、本来その場所を守っている筈の番人の姿はすでに気配すら無かった。
「……キャスター」
 アーチャーがキャスターの元へ歩み寄り声を掛けると、倒れていたキャスターは小さく呻いてアーチャーを見上げた。
「遅いわよ……役立たずね貴方……」
「……池の方か?」
 先ほどから聞こえてくる剣戟の音。
 そして何より、ビリビリと伝わってくる、その瘴気。
「セイバーが……食い止めているわ……けどそれより……宗一郎様……を……」
 数メートル離れた所で仰向けに倒れていた彼女のマスターは、額から血を流していた。
 ランサーが近づいてそっと首もとに手を当て、小さく息を吐いた。
「安心しな、アンタのマスターは無事だ。ちゃんと生きてるぜ」
 その言語に安心したのか、キャスターは僅かに口元を綻ばせた。
「当たり前よ……私がこうして現界しているんですからね……」
 なんとか搾り出すよな声でそう言うと、キャスターはその手に己の宝具である短剣を取り出し、アーチャーの胸に突き刺した。
「私ではこの先……貴方を留まらせるだけの魔力を供給できるか……だから早くあのお嬢さんの所に帰りなさい……それと……」
 キャスターはアーチャーに震える手を伸ばし、縋る様にその腕をつかんだ。
「あの人を死なせないで……お願いよ……」
「……了解した」
 その言語を聞き届け、キャスターは意識を失なった。
 アーチャーはキャスターの身体を抱え上げ、境内隅の木陰へと運んだ。
 葛木を担いだランサーが続き、その横にそっと横たえてやり、キャスターが霊体化したのを見届けると、二人は一度顔を見合わせて境内裏の池へと向かった。
 本堂をぐるりと回り、池が視界に入ったその時。
「!? 左へ飛べ、アーチャー!」
「!」
 数歩先行していたランサーの声に、アーチャーがすかさず反応して大きく飛び退った次の瞬間、本堂の壁が凄まじい音を立てて砕け散った。
 その瓦礫の後に、吹き飛んできた人影。
「セイバー!?」
 大きく地面を抉ってめり込みながらも、アーチャーとランサーには目もくれず、セイバーは既に風の結界を解いた刃を手にトップスピードで掛けて行く。
「やあああぁぁ!」
 大きく上段に振りかぶり、繰り出す斬撃の先、土煙の向こうにうっすらと見えた人影が、悠々とした動作でその剣戟をどこからともなく取り出した長剣で受け止めた。
 そのまま力任せの大振りな一撃に、再び吹き飛ばされたセイバーの身体をアーチャーが背後に回りこんで受け止めた。
「……あ、アーチャー……」
 美しくも鮮やかな白いドレスに白金の鎧が、無残にもボロボロになっている。
 仮にも真っ当な魔術師のマスターとの契約を得て全力を出せるはずの彼女が、こうまでも苦戦を強いられる程の相手。
 三騎士のサーヴァントが揃ったこの状況でなお不敵に笑みを浮かべるその男を、ランサーは二人の横へと駆け寄り睨みつけた。
「何だ、てめぇ……」
 びりびりと全身をざわつかせるこの気配。
 サーヴァントに間違いなかった。
 アーチャーはと言うと、苦々しい表情を浮かべて現れた8人目のサーヴァントを見据え。
「英雄王ギルガメッシュ……なぜ今の今までこんな重要な事を思い出せなかった……!」
「な……」
 アーチャーの口から発せられたその名に、ランサーは驚愕を禁じ得なかった。
 最古の英雄、王の中の王と名高いその名は、サーヴァントである以上最も聞きたくはない物だったから。
 高級そうなライダースーツに身を包み、セイバーを相手にしていながらその革にも肌にも傷ひとつ付いていない事が、何より彼の強さを現しているようで。
「ふん……狗にフェイカーか……まぁ、余興の観客としては申し分なかろう」
 ランサーを一瞥した後、あからさまな侮蔑の意を込めた視線を向けて何か言いたそうにじっとアーチャーを見ていたが、すぐに興味を無くしたようにふんと鼻で笑って見せた。
「贋作者よ、貴様だけは我に肉薄出来るかと思っていたのだが……よもやそのように腑抜けていようとはな。我を失望させたその罪、重罪としるが良い」
「おや、英雄王殿に期待されていたなど光栄だな。……貴様、何を企んでいる」
 ギルガメッシュの背後、物陰に隠れてがたがたと震えている少年の気配に視線をやり、アーチャーは額に嫌な汗を浮かべていた。
 対照的にギルガメッシュはくつくつと喉を鳴らし、背後の物陰に潜んでいたもう一人に向って声を掛けた。
「面倒だ、貴様が説明してやれ」
『!?』
 二人が驚愕する暇もなく、物陰に潜んでいたもう一人……とは別のもう一人の長身が、呼びかけに応えて姿を表した。
「やれやれ、説明もなにも、聖杯戦争における目的など唯一つだろう。聖杯の完成と接触、それ以外あるまい」
 そう嘯きながら立ち上る土煙を割って現れたその姿に、ランサーは全身が怒りで打ち震えるのを抑えられずにいた。
「てめぇ……どういう事だコトミネ……聞いてねぇぞオレは!」
 己のマスターが、散々探し続けていた8人目のサーヴァントと行動を共にしていた。
 それが意味する所を察せないランサーではない。
 しかし言峰は悪びれもせず、不敵に笑みを浮かべてランサーを上目遣いに見下ろした。
「貴様には言っていなかったな。彼は私の協力者だ。あぁ、そういえば8人目のサーヴァントがどうとか言っていたようだったが、もしや彼の事だったのかな」
「けっ……白々しいんだよてめぇは」
 射殺さんばかりに睨みつけるランサーだったが、言峰は意にも介さずギルガメッシュに視線を移す。
「アーチャー、聖杯の出現にはあと2つ程サーヴァントの魂が必要だろう。キャスターは既に虫の息だが……幸い目の前には3機のサーヴァントがいる。貴様はどうしたいかね?」
「無論だ。セイバーには我と同じように聖杯の中身を浴びせて受肉してもらう。我の妻となるのだからな」
 勝手な物言いに、セイバーの形の良い眉がぴくりと跳ね上がる。
「貴様……一体何を言っている……!」
 声を上げ、剣を構え直したセイバーを、アーチャー……ギルガメッシュは一瞥し鼻で笑う。
「おや、そういえば、貴様は先の聖杯戦争の時にアレの中身を見ることなく去ったのだったなセイバー。その様子では、聖杯がどんな物なのかも知ってはおるまい?」
 その背後に一度手を伸ばすと、高らかにこう言い放った。
「よかろう。特別に教授してやらんでもないぞ。……と言いたい所だが、アレの中身を知るには口で説明するよりもその目で見るほうが早かろう。我自ら聖杯の完成の時を貴様らに見せてやる。喜ぶがいい」
 そう言ってゆったりとした動作で上げられたその手には、今回の聖杯戦争における聖杯……数日前に殺されたイリヤスフィールの心臓が今なお鼓動していた。
 





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