槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 12



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




「なんだよ、それ……」
 おぞましい物でも観るように、ランサーはギルガメッシュの手の内で脈打つ肉の塊に目をやった。
「どうした? 貴様とて心臓の一つ二つぐらい見慣れておろう?」
「そうじゃねぇ……何なんだその心臓の蓄えてやがる魔力は!」
 ぎり、と握る手に力を込めて、ランサーは今にも噛み付きそうなほどにギルガメッシュを睨みつけた。
「ほう? 貴様それすらもコトミネに聞かされていなかったか。ならば教えてやろう、この人形の心臓こそ、此度の聖杯戦争に他ならぬ。よく目に焼き付けておくがいいぞ?」
「なっ!?」
 驚愕に目を見開いて、ランサーは言葉を詰まらせた。
 隣のアーチャーも、そしてセイバーも、苦い表情をしている。
「もっとも、これは聖杯の核にすぎん。聖杯はこれだけでは姿を表さない。器となるべき魔術回路を持つ宿主が必要なんだが、器になるはずだった人形の身体と引き離してしまったのでな。それで凛には生きていてもらう必要があった。ご苦労だったなランサー。お前は立派に役目を果たしたぞ」
 労いの意志など微塵も滲ませず、ギルガメッシュの背後にいた言峰がその横へと並びつつそう言った。
 今の会話で、ランサーは言峰がもはや自分がマスターであることを隠すつもりがない事を悟った。
 ちらと横のアーチャーを見ても驚いた様子がないのは、先ほどの質問の答えが嘘だったのか、あるいは言峰を見て思い出したのか。
(まぁ、どうでもいいか……)
 そんな事はどうでも良い。
 肝心なのは、次に自分に下されるであろう命令。
 すなわち……
「時は満ちたぞランサー。もはや貴様のやるべき事は一つ、残りのサーヴァントを始末しろ」
 非情に言い放たれた命令に、ランサーは一瞬身を強ばらせた。
 わかっていたのだ。
 この時が来るのは。
 ここでマスターであるあの男に恨み言を言うのは筋が違う。
 もとよりサーヴァントなど、サーヴァントと戦う為だけに存在するのだから。
 そんなことは百も承知だ。
 アーチャーと戦う事が嫌なのではない。
 だが今のランサーには、以前のようにアーチャーとの戦いに素直な喜びを見い出せる自信がなかった。
 が、そんなランサーの葛藤など他所に、アーチャーはやれやれと息を吐き、数歩ランサーから距離を取ると、おもむろに獲物の双剣をその手に呼び出した。
「あ、アーチャー……?」
 戸惑うランサーが恐る恐る目を向けると、その身は既に見慣れた赤い外套に包まれていた。
「どうした、君に下された命令は私を含む残りのサーヴァントの始末、ならば……相手をするしかあるまい?」
「っ……!?」
 さもありなん、アーチャーの言う事はもっともだった。
 もとより、今の自分にはその命令に従う他ないのだから。
「……そうだな、やるしかねぇか」
 渋々と、しかしあまり感情を込めずにそう口にして、ランサーもその手に槍を呼び出した。
「ほう、貴様ならここで拒むかと思ったのだが、思ったより聞き分けが良くて助かるぞランサー」
「るせぇ! 黙って見ていやがれ! それと、そこの金ぴか野郎! こいつは俺の相手だ、邪魔するつもりなら分かってんだろうな!?」
 吠えるランサーを意にも介さず、ギルガメッシュは不敵な笑みを浮かべたままで対峙した二人を眺めていた。
「無論、それなりに楽しめそうな前座だ。どこまで我を楽しませられるか見せてみるがいい」
「……」
 それ以上は言葉は不要とばかりに、ランサーもアーチャーにのみ意識を集中する事にした。
 どちらからともなく構えを取って、睨み合うでもなくただ様子を伺うだけの数秒が続く。
 やがて、それも終を迎え。
「いくぜ……」
 静かに。
 ひたりと言い放ち、ランサーが地を蹴った。
 大きく槍を振り被り、真っ直ぐに繰り出された初撃は当然アーチャーの双剣の片方に弾かれる。
 ランサーもそれを読んでいて、弾かれた槍の受けた力を利用して身体をくるりと回転させ、勢いのまま二撃目を突き出した。
 それをアーチャーが交差させた剣で受け、腕の力で弾き返す。
 飛び退り大きく距離を取り、間髪いれず飛び込んだ3撃目は、アーチャーの肩を掠めるに留まった。
 そうして何度か打ち合うも、いつかの交戦と同じく戦いは一方的な物だった。
 防戦一方のアーチャーだったが、その表情に焦りは未だ見えない。
 二人の獲物が11度目になろうとした時、ランサーは一際気迫を込めた一撃をアーチャーの心臓めがけて突き出した。
「はぁっ!」
 常人では目に収める事も難しいほどのスピードの一閃を受け切れず、アーチャーの双剣が鈍い音を立てて砕けた。
 弾き飛ばされたアーチャーに追いすがり、がら空きになった脇腹目がけて一撃を繰り出し――ランサーははっと息を飲んだ。
「……っ!」
 笑っている。
 その腹にランサーの獲物が浅く潜り込ませたアーチャーの口元が、にっと吊り上ったのをランサーは見た。
(これで、いいんだな……)
 アーチャーの腹に食い込んだままの刃先を引き抜き、後ろに下がろうと瞬間、アーチャーがその槍を掴んでぐいとランサーを槍ごと引き寄せた。
「……お返しだ」
「!?」
 耳元でそっと囁かれたその言語の意味をランサーが把握するよりも刹那早く。
 アーチャーの手に握られていた歪な短剣が、ランサーの胸元に突き立っていた。
 痛みは、殆どない。
 「……!?」
 代わりに小さく呻き声を上げたのは、じっと二人の対戦を見ていた言峰だった。
 左腕を抑え、らしくもなく怒りの感情も剥き出しにアーチャーを睨みつけた。
「貴様……まさかっ!?」
「悪いが、ランサーの契約を破らせてもらった。令呪を使って自害でもさせられても詰まらないのでね」
 力が入らないまま、引きこまれた勢いを殺しきれずに倒れかかったランサーの身体を抱きとめて、アーチャーはさらりと己の成した行為を口にした。
「キャスターの宝具……いつの間に……」
 言峰の声を聞きながら、ランサーは全身が熱に浮かされるような感覚に襲われていた。
 一度覚えのあるこの感覚。
 あぁ、それは確か、最初に自分を呼び出したマスターとの繋がりを引き離された時の――
「どうせランサーが私を倒すか戦闘を拒めばそうするつもりだったのだろう、貴様にとってランサーは捨て駒にすぎなかったようだからな」
「ふん……だとしたらどうだと言うのかね。魔力の供給先がなければどの道消える他あるまい」
 急な脱力感と発熱に、意識が遠のく。
「その心配なら無用だ。契約を結ぶ魔術師ならばすでに……」
 意識を繋ぎ止める事ができず、アーチャーの言葉の最後を、ランサーには聞き取ることが出来なかった。




 白々とした浅くまどろむような意識の中で、ランサーは自分を呼ぶ声を聞いた。
『ランサー……ランサー!!』
 もうすっかり耳に馴染んだその声に応えようとしたのだが、どうにも身体が言う事を聞いてくれない。
『ランサー!』
(あぁ、そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえているっての)
 胸の内でそうぼやきつつ、心地良い声に耳を傾ける。
『告げる――」
 次に聞こえて来た声の意味を、ランサーは一瞬理解できずにいた。
(エミヤ……?)
 己に腕を差し伸べる声は、どこか懐かしい、呼び声だった。
 



「ん、あ……?」
 妙に冴え冴えとした頭で、ランサーは小さく呻き目を瞬かせた。
 どうやら気を失っていたのはほんの数十秒のようだ。
「自分で立てるか、ランサー」
「お、おう、すまねぇ……」
 声をかけられ、ようやく自分がアーチャーに抱きとめられている形なのに気が付き、ランサーは慌てて身を引いた。
 意識ははっきりとしていたものの、少しくらくらとしている原因は、おそらく全身をめぐる魔力の巡りが馴染んでいないせいだろう。
「あれ、魔力……?」
 そしてはっと気付く、薄らいだ意識の中で掛けられた声と、それに応えた自分。
「……まさか、お前と契約結んだのか……?」
 問にアーチャーはふっと苦笑して、小さく溜息を一つ。
「そうできたなら簡単で良かったんだがな。生憎今の私にはマスターも居ない。君に回すだけの魔力の余裕もないのでね。というか、自分が誰と契約を結んだのかも分かっていないのか?」
 少し呆れたようにアーチャーが視線を移した先へ釣られて見ると、心配そうにこちらを伺いながら左手の甲をおさえてこちらに向ってくる士郎の姿があった。
 おさえたその手の隙間からは、わずかに覗いている令呪の仄かな光が漏れていて、それが何を意味するのかランサーはすぐに悟った。
「そうか、あの声……お前だったんだな、坊主……」
「え!? あ、まぁな、なんか俺必死だったから、その……ごめん……」
 わたわたと答えるのが少しおかしくて、ランサーはくすりと笑った。
 無意識だったとは言え、少年とのパスは確かに繋がっている。
 魔力が流れてきているのを感じる。
 話ではセイバーとのパスは完全ではなかったようだったが、今回はうまくいったらしい。
 などと考えていたその時、すざまじい魔力を感じ、ランサーははっと振り返った。
「セイバー……」
 ポツリと、士郎が巻き起こる風を腕でよけながら、その名をつぶやいた。
 今までに今とこのないほどの魔力の渦の中心、眩い白金の鎧を纏ったセイバーの横には、緊張した面持ちで凛が佇み、ギルガメッシュと対峙していた。
 言うまでもないだろう、何よりもセイバーの放つ魔力が、。
「あれが……セイバー……」
 まっとうな魔術師のマスターを得て、全力で戦う事のできる彼女の圧倒的な迫力に、士郎も、そしてアーチャーも身を強ばらせていた。
「キャスター……セイバーの契約もすでに切っていた様だ。それを見抜いて凛がすぐこの策を立てた。君の方は……まぁマスターに多少の不安はあるがね」
「なっ、お前こういう時にまでそんな嫌味言うこと無いだろ! んなこと自分でも良く分かってるっての!」
「おっと、それはすまないな。自覚があったとは」
 ほんの一瞬緩みかけた空気のお陰で、ランサーもふっと息を吐くことができた。
 どうやら、自分でも気付かないほどに力んでしまっていたらしい。
 気を引き締め直し、戦いの中心の方へと意識を向ける。
 見るからに不機嫌そうに、三騎士のサーヴァントを睨みつけた。
「雑種共が……わらわらと湧きでて来おって煩わしい……っ!」
 ギルガメッシュの背後の空間が、ゆらりと揺らぐのが見えた。
「気が変わった、今すぐ消し去ってやる……!」
「待て、アーチャー」
 宝具の矢を打とうとしたギルガメッシュを止めたのは、意外にも横にいた言峰だった。
「何だコトミネ、邪魔をするなら貴様とて容赦はしないぞ?」
「そのつもりは無い。奴らを消し去るというのも賛同するが、残念ながら時間切れのようだ。魔術による防腐処理もそろそろ現界が近い」
「む……」
 その手にしていたイリヤの心臓へと目をやり、ふんと詰まらなそうに目を背けた。
「使えぬな」
「そう言うな。簡単な魔術でない上に手間がかかるのだ。処理をし直すにしても一度引き返して準備を整えなければなるまい」
 淡々と撤退を提案する言峰に、ギルガメッシュはしかし悪戯でも思いついたかのように笑みを浮かべた。
「まあ待て。どうせ時間切れならば……そうだ、もとより貴様らには聖杯の出現を見せてやると言ったのだったな」
 にやりと、どこか狂気すら混じった笑みを浮かべて、ギルガメッシュは先ほど言峰が隠れていた場所で未だ潜んでいる人物へと声を掛けた。
「貴様も出てくるが良い。言っておくが、ここにいる全員が既に貴様に気付いているぞ?」
「う……」
 ちいさな呻き声とともに、慎二がそろそろと姿を表した。
「おい……話が違うじゃないか!僕はあいつらを倒して聖杯を手に入れる準備ができたら呼べって言っただろう!」
 出てくるなりのこの態度であったが、しかしギルガメッシュは態度を崩すことなくにやにやと笑った。
「なに、状況が変わった」
「変わったって、どう変わったんだよ!?」
「貴様も見ていただろう、コレを今直ぐにでも器となる者に埋めこまねばならなくなった。このままでは腐ってしまうからなぁ」
「だ、だからとっととアイツらをやっつけて遠坂を……」
「そう悠長な事も言っていられなくなったと言っている」
「じゃあどうすんのさ!?」
「待てアーチャー、まだ聖杯が取り込んだ魂の量が足りない筈だが?」
「あの神の子の魂はかなりの物であった。それと他に取り込んだ数は2つ、聖杯を出現させるというう願望を叶えるだけならば、とうに要領は足りていよう」
「な……に言ってるんだよ……?」
「喜べ、貴様も役に立てる時が来たぞ慎二」
「ま、まさか……ぐっ……」
 アーチャーが一瞬頭を押さえてよろめいたが、なんとか踏みとどまった。
「ふ、ふん、僕の力が必要だって言うならそう言ばいいんだよ。で、僕は何をすればいいんだ?」
「なぁに、少々その聖杯の器となってくれれば良い」
『!?』
 ぞぶりと嫌な音がして、ギルガメッシュは間桐慎二の腹にイリヤの心臓を埋め込んだ。
「そら、お望みの聖杯がお出ましだぞ、特等席だ。喜ぶが良い」
 その場にいた全員、言峰すらも息を飲んだ。
「う、ぅあああああぁああああ!」
 耳をつんざくような悲鳴をあげた慎二の身体が、ぼこぼこと盛り上がり、瞬く間に増殖し始めた。
 否、正確には、片っ端から死滅と増殖を繰り返しているのだ。
「た、助けっ……」
 虚しく伸ばされた腕も、肉塊に埋ずもれてしまった。
「慎二ーっ!」
 士郎が助けに駆け寄ろうとしたが、それも肉塊と化したソレの血潮のごとく吹き出したどす黒い泥の塊に阻まれてしまった。
「こ、コレって……」
 それを見ていた凛も、吐き気を押さえるように口元をおさえて一歩身を引いた。
 士郎が踏みとどまったのも、おそらくは本能的に泥の孕んだ瘴気を察しての事だろう。
 その泥は、まさに呪いそのものだった。
 サーヴァントであれ人であれ、触れればただでは済まないだろう。
「くっ……ははははは! 傑作だぞ慎二! 貴様の閉じていた魔術回路も見事に役に立ったではないか!」
 瘴気の泥に触れても平気でいる男は、一人この異形を前にして高笑いをしていた。
「そんな……こんな物が……こんなおぞましい物が聖杯だと言うのですか!?」
 セイバーが青ざめた表情で悲痛な叫びを上げた。
 無理もない。
 こんなグロテスクでおぞましい物が、聖杯だなどと誰が思おうか。
「そうだセイバー。聖杯とは貴様の思っているような物ではない。これこそが! 聖杯の本質。破壊によってのみ持ち主の望みを叶えるしかできぬ欠陥品だ!」
「そ、そんな……」
 勝ち誇ったように謳うギルガメッシュに、セイバーも、他の面々も言葉を失っていた。
 だが事態は絶望に動きを止めていられる場合でもなかった。
「――――――――!」
 もはや声ににあっていない悲鳴を上げ続ける慎二の叫び声が、辺りの空気を震わせる。
「まだ……助けられる」
 士郎の呟きに、凛が、セイバーがはっと顔を上げた。
 やるべき事は既に分かっているというように、三人が目を合わせ頷きあった。
 そして、新たなパートナーへと視線を移したその目には、覚悟を決めた強い意志が込められていて。
「ランサー、急ごしらえなマスターだけど、協力してくれるか?」
 あまりに真剣だったので、ランサーは思わず余裕などない事も忘れてくすりと笑ってしまった。
「あぁ、分かってるさ。 壊すんだろ、聖杯」
 まるで食事の誘いにでも応えるように、軽いのりでそう言うとランサーは宝具を呼び出し肩に担いた。
「セイバー、あなたには綺礼の相手、頼むわよ」
 額にうっすらと汗を浮かべ、だがあくまでも不敵に、凛が新たにパートナーとなった己がサーヴァントへと呼びかける。
「分かりました。あなたは必ず守ります」
 セイバーも、そんな新たなマスターに力強くそう答えた。
「いい判断だな。さすがに私もセイバーと一騎打ちでは相手になるはずもないからな」
 言葉とは裏腹に、なお余裕を見せる言峰とは対照的に、ギルガメッシュは不機嫌……否、怒りを顕にして居並ぶ面々を睨みつけた。
「随分と余裕だな。よもや貴様ら、我に勝つつもりか?」
 ごくり、と士郎が息を飲み込んだのが聞こえた。
「坊主、俺が全力で槍を打ては一瞬ぐらい隙を作れるかもしれねぇ。そこを打てるか?」
 ランサーの提案に、士郎はしかし首を横に振った。
「いや、アイツとは俺が戦う。たぶん、俺じゃないと勝てない」
 およそ意図の分からない言い分に、ランサーは怪訝そうに視線を一度士郎に向けた。
「どういう意味だよ」
 士郎はギルガメッシュから目は離さない。
 額には、緊張からか一筋の汗が浮いていた。
「説明してる暇はなさそうだけど、こう言えばどうかな、アイツは最古の英雄王だ。だから全ての英霊の弱点である武器の大元である宝具も持っている。だから、英霊である限りアイツには勝てないんだと思う」
「!」
 それで大体士郎の言わんとする事は分かってくれたのか、ランサーは真剣に士郎の表情を見つめた。
「……勝てるのか、坊主」
「あぁ、たぶん、俺じゃなきゃ勝てない」
 じっとギルガメッシュの背後の空間を見詰め、士郎は確たる自身を目にそう言った。
「……策はあるんだな?」
 士郎は苦笑して、一度だけランサーに視線よこして深呼吸をした。
「ないさ。でも、きっと勝てる」
 言葉は何とも頼りない曖昧なものだったが、それでもランサーはこくりと頷いた。
「わーった。なら、オレはお前の盾になってやる。それでいいんだな」
「……すまない、これぐらいしか方法が思いつかない」
 べつに謝らなくとも構わないのに。
 そう口にする代わりに、ランサーは槍を構え直し――
「で、お前はどうする、アーチャー」
 背後に佇んでいた弓兵へ声を掛けた。
 アーチャーは伏せていた目を開き、お得意の皮肉を込めた笑みを浮かべて言った。
「そうだな、生憎、私には残された魔力も少ない。だが……」
 壊死と分裂を繰り返しながら増殖し続ける肉塊に目をやり、
「衛宮士郎をサポートするのは君じゃない。英霊ではヤツに勝てないと言ったが、私だけは例外だろう」
 つまり、それが自分の仕事だと、アーチャーは言った。
「それに、君には最後に大仕事があるだろう、聖杯を破壊するという重要な仕事がな。戦うにしても、それだけの魔力は残しておけ」
 上等、とランサーはにやりと笑みを浮かべ、士郎は緊張に固まり掛けた身体に深呼吸で勝を入れ、いよいよもってギルガメッシュが激昂に身を震わせた。
「貴様ら……そこまで我を愚弄するか……もう容赦はせぬ! 聖杯も何もどうでも良い! 今直ぐここで消え去れ!」
 すでにセイバーと凛は、言峰との対戦を開始している。
 あの二人ならば、きっと言峰を止めていてくれるだろう。
「……いくぞっ!」
 掛け声と共に、士郎が地を蹴り、ギルガメッシュが咆哮を上げてそれを迎え撃つ。
 その背を見守りながら、アーチャーとランサーはしばらく黙ったまま戦況を見詰めていたのだが。
「なぁ、アーチャー」
 視線は真っ直ぐ逸らさぬまま、ランサーが先に口を開いた。
 返事は、横に歩み寄る足音と共に返って来た。
「何だ?」
 アーチャーも視線はそのままで返事を返す。
「コレが終わったらよ、ゆっくりデートしようぜ?」
 さらりとデートなどという言葉を口にしたランサーに、アーチャーは目を白黒させて驚いた。
「いきなり何を言い出すかと思えば……」
 さすがに呆れて顔をしかめたが、可笑しくなったのかくすりと笑みを浮かべて一瞬だけ横にいたランサーに視線を向けた。
「そういう約束をすると、生き残れる確率が減るそうだぞ? 死亡フラグという奴だ」
「それを乗り越えてこその英雄ってもんだろ?」
 くく、と笑いながら、ランサーもアーチャーに視線だけで応え、再び打ち合いを始めた士郎とギルガメッシュの方に目をむけながら、ゆっくりと言葉を続けた。
「さっきはよ、柄にもなくどうすればいいいんだーなんて喚いちまったけどよ、お前がオレを好きでいてくれる限り何度だってお前にちょっかい出し続けるからなオレは。……ってそう覚悟決めてあのヤブミ出したつもりだったのに結局このザマかよ情けねぇー!」
 なにやら一人落ち込んで心底悔しげなランサーの様子に、アーチャーは小さく吹き出してしまった。
「あ、こら! お前今笑っただろ! 人が真剣に言ってるのにお前はー!」
「いや、すまない、そういうつもりは無かったんだがな」
 くすくすと笑いを堪えるように一つ深呼吸をして、アーチャーはぽつりと独り言のようにつぶやいた。
「そういえば、前にイカロスの話をしたのを覚えているか?」
「ん? あぁ、あの蝋で鳥の羽固めて飛んだっていう話しか?」
 僅かな間があり、小さくアーチャーが息を深く吸う音がして、次いで言葉が発せられた。
「憧れた太陽に、身を焼かれて堕ちると言うのは、どんな気分なのだろうな」
「え?」
 ランサーが横のアーチャーを見ると、その横顔は既に剣戟の音が響きだしたこの場には不釣合いな程柔らかなもので。
「ましてやその太陽は、質の悪い事に近づきすぎないように気を付けていても、太陽の方から近づいて来るらしい。まったく困ったものだよ」
「え、えーっと……」
 何を言われたのかうまく咀嚼しきれず、ランサーは言葉を見つけられずに目を逸らしてごまかした。
「太陽がそのつもりなら、どこまでも逃げ続けるしかあるまい? まぁせいぜい頑張るといい」
 そう言って前へ歩き始めたアーチャーの姿は、見慣れた赤い外套を纏っていて。
 その姿をもう一度見れて、どこかほっとしている自分に、ランサーは自嘲せずにいられなかった。
「武運を」
「……あぁ、それと」
 アーチャーは一度だけ立ち止まり、しかしもう振り返ろうとはせず。
「……ている……」
 殆ど風にかき消されそうなほど小さな声。
 だが、英霊の耳にはしっかりと聞こえた言葉に、ランサーは珍しく顔を真赤に火照らせて口ごもった。
「ぁんのやろ、こういう時に言うか馬鹿野郎っ!」
 思いっきり罵ってやりたかったが、既にその姿は随分と離れてしまっていた。
「ったく……しゃーねぇなぁ」
 溜息とも深呼吸ともつかない一呼吸の後、ランサーは手にしていた槍を握り直し、唇を吊り上げた。
「行くぜ……終わったら意地でもキスの一つもさせてもらわねぇとな」
 そういうとランサーも、自分の成すべき仕事を終わらせるべく地を蹴った。



「んー……」
 妙に腕を引っ張るような感覚に、ランサーは目を覚ました。
「あっれ、いつの間に……ってああっ!」
 気付いた時には時既に遅く。
 散々引っ張られていた釣り針は、虚しく引きちぎられて手応えを無くしていた。
「くっそー引いてたのにー!」
 がっくりと肩を落として竿を引き上げるランサー。
 ここはサーヴァントならではの腕力故に、竿を持って行かれなかっただけマシだと思うべきだろう。
 気を取り直して当たりを見回してみれば、西側から差してくる陽の光はだいぶ傾いて橙色になりつつある。
 ランサーが港へ来て釣りを始めたのが昼過ぎ、1時間ぐらいの間に5匹程釣り上げたあたりまでは覚えているのだが、そうすると随分と長い時間眠っていた事になる。
 はて、その間に一匹も魚がかからなかったのだろうか。
「まぁ、考えてもしゃーないか……」
 日没まではまだ時間がある。
 ランサーはとりあえず、新しい釣り針と餌を糸に付け直し、慣れた手付きで再び海へと放った。
 今日は天気もよく、波も穏やかなはずなのだが、最初の頃の入れ喰い状態が嘘のように魚の影も見えてこない。
 だがぼーっと波の寄せては返すを眺めている内に、どうやら今日一番の大物が掛かったようだ。
「釣れるか?」
「んー、どうだろなー」
 曖昧に返事を返すと、ランサーは脇に置いてあったタバコを一本手に取り火を着けた。
 潮風にけっこうな時間晒されていたせいか、心無しか口に咥えたフィルターがしけっていた。
「引いているのにもすぐ気づかないほど気持よさそうに眠っていたようだが、なにか良い夢でも見ていたのかね?」
「夢?」
 言われて、ふと思い出す。
 何と無く、長い夢を駆け足で見ていたような。
「そういや、夢の中でお前とイチャイチャしてたような気がするなー」
「言っていろ、このたわけ」
 それはひたすらに甘ったるい酔夢だったかもしれないし、妙に現実感のある悪夢だったかもしれない。
 まあ、今となっては思い出せない事だ。
 もとよりサーヴァントは夢など見ないのだし、おそらくは気のせいだろうという事にして、ランサーは納得することにした。
「そういや、これから買出しか?」
「あぁ。今日は例の魔術指導で邪魔しているからな」
「あー、そういや今日そんな事言ってたなー」
 聖杯戦争が終結してから、早数ヶ月。
 何事もなかったかのように街は日常を取り戻し、生き残ったサーヴァント達もマスターの使い魔という形ではあるが、しだいに人々の間に溶けこんでいる。
 そして最近もっとも大きく変わった事と言えば、遠坂凛と間桐桜の元で衛宮士郎と間桐慎二が魔術指導を受けているという事だろうか。 
 聖杯戦争が終った直後は、凛と桜の関係、桜が魔術師であった事などの発覚で4人の間では紆余曲折あった様子だが、そこは他の物達の詳しくあずかり知らない所である。
 何だかんだで慎二も憑き物が落ちたように人が変わり、桜ともうまくやっているようだ。
 こうして大人しく遠坂姉妹の魔術指導を受けているあたり、随分と丸くなったのかもしれない。
  ちなみに、一時マスターを失ったアーチャーだったが、結局凛に気圧されて再契約を結び、今ではすっかり凛の使い魔というより執事その1である。
 セイバーとアーチャーの二騎ものサーヴァントを管理する事となった凛だったが、キャスターの助言もあって桜から魔力のバックアップを受けてどうにうまいことやっているとの事。
 なにでも桜が内に秘めている魔力はキャスターが震え上がる程の物があるのだとか何とか。
 凛としては、マキリの魔術刻印を受け入れて以来、遠坂の魔術刻印との拒絶反応なのか少し疲れやすくなったとボヤいているが、そこは周りの者達がうまく支えてくれているようだ。
 で、桜の底知れぬ才能を見出し、助言を施したキャスターさんはと言うと、無事聖杯戦争を生き残った事で念願の夫婦円満な新婚生活を満喫して幸せそうにしている。

 さて、その新婚さんと同じぐらい、周囲に惚気ちらしている二人がここにもまた。
「つーか一あの魔術抗議、毎回お前がおやつとか夕食の支度すんのな。マスター命令でもないのに律儀だよなお前」
「仕方なかろう。手が空いていて料理ができるのが私だけなんだからな。君も買出しに付き合え」
「へいよ、すぐに竿片付けるからちょっと待ってろ」
 そう言うと、まんまと餌だけ食べられてしまっていた釣り糸を引き上げ、手早く荷物をまとめた。
「んじゃ、行こうぜ。商店街だろ?」
「そうだな。……む、急げばタイムサービスの特売に間に合うかもしれん。走るぞ」
「おう、あ、晩飯リクエストいいかー?」
「面倒なものでなければな」
 そうして軽く笑いあい、沈みかけた太陽を仰ぎながら、商店街へと向かう。
 いつもと変わらぬ午後だった。





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