【理由なき理由】 BY椎名
「アーチャーはさ、まだ俺を消したいって思うか?」
衛宮士郎が唐突にそんな事を聞いてきたのは、たまたま奴の学校の帰りと、私が夕食の買い出しをしようと商店街へ出たの所で鉢合わせ、なし崩しに一緒に買い物を済ませた帰り道での事だった。
「何だ、藪から棒に」
いきなりそんな事を言い出した理由を探ろうと、話の先を促した。
「あー、そのな、今日昼間にふとさ、あの日のこと思い出したんだ。美術の授業でみた資料に古い城の写真があったんだけど、それ見たら何となくさ」
あの事。皆まで言わずとも、それがいつかの郊外にある森の中の城で斬り合った時の事だという事ぐらいは推察できた。
だがそんな事を思い出したからと言ってなぜ先ほどの問いに繋がるのか、今一つ話が見えて来ない。もう少し先を促すとしてみようか。
「あの日の殺しあいを思い出して、それで?」
士郎はすぐに答えようとはしなかったが、暫しの間のあとゆっくりと話し始めた。
「正直、ちょっと不安になっちゃってさ。どうしてあんなに俺を殺そうとしていたアーチャーが、今は俺の使い魔なんてやってくれてるのかって」
さもありなん。
コレに言わせればそんな不安ももっともだ。
なにせ、私はコレの使い魔になっても良いと思った決定的な理由を告げてはいない。
「それは何より。いつ寝首を掻かれるか分からない緊張感があった方がお前には良かろう」
少々皮肉を込めて返してやると、士郎はむすっと不機嫌そうにむくれてこちらに抗議の目を向けてきた。
「そんなのごめんだ! お前にそんな警戒しなきゃいけないなんて俺は嫌だからな!」
まるで駄々でもこねるかのような物言いは、少しだけ愉快で、思わず微笑が漏れた。
「冗談だ、だいたい私にお前が殺せる訳があるまい。もう私はお前のモノなのだぞ? 文字通りな」
私がコレとマスターと使い魔の契約で此処に存在している以上、使い魔である私がマスターである衛宮士郎を殺す事は叶わない。
だからそのような心配など不要だと言うのに。
と、何やら士郎が足を止めてしまったらしい事に気付き、私も足を止め振り返った。
「士郎?どうした」
見れば何やら顔が赤い。
具合でも悪いのだろうか、と近寄ってみると、士郎は大げさに溜息を吐いてがくりと肩を落とした。
「お前なぁ……そういう恥ずかしい事道端で言うなって……」
「?」
何か可笑しいことでも言っただろうか。
それも士郎にとっては恥ずかしい事のようだが。
考えても分からずに困っていると、士郎がすたすたと歩いて行ってしまったので取り敢えず後を追った。
「士郎?」
「と、取り敢えず早く帰ろう、冷凍物溶けちまうからなっ!」
「む、あぁ、そうだな」
言う事もごもっとも、せっかく買った冷凍食品を溶かしてダメにしてしまうなど愚の骨頂。
家まではあともう少し。
お互いに足早に家路を急いだ。
「ふぅ、これで片付いたかなっと」
冷蔵庫の扉をパタンと閉じながら、士郎が大きく息を吐くのが聞こえた。
どうやら冷蔵物と要冷蔵の物は仕舞い終わったらしい。
「こちらも終わった。当面缶詰類の補充はいらないな」
「安売りしてたからってちょっと買いすぎちまったかな」
魚の煮物や、豆の水煮に果物缶、ホールトマトにその他諸々。
買おうかどうか、売り場の前で士郎が悩んでいた所に丁度遭遇したのがいけなかった。
二人いるならと結構な量を買い込んでしまったが、なんとか戸棚には収まったので良しとしよう。
何せ食欲旺盛な来客の多いこの家だ、この手の保存がきく食材はいくらあっても困らない。
さてと時計を見ると、時刻は4時半をすこし回った所だった。
「夕食の支度を始めるには少し早いか……茶でも淹れて一息いれるか」
「あぁ、そうするか」
「なら先に着替えて来い。用意しておく」
「あぁ、さんきゅーな」
軽く礼を述べて部屋へと向かうのを見送り、私は台所で茶を淹れる準備にかかった。
日本茶を淹れるなら、沸かしたばかりの熱湯よりも少し温度の低い設定にしてあるポットで丁度良いだろう。
急須に茶葉を入れ湯を注ぎ、しばし待つ間に買ってきたばかりの堅焼きせんべいをお茶請けに数枚出しておく。
湯のみと急須とせんべいを載せた皿を盆に乗せ、居間に運ぶと丁度士郎が戻って来たところだった。
どちらからともなく座に着いて、BGM替わりにテレビを点けて夕刻のニュース番組を垂れ流す。
ゆったりとした時間が流れ始めた。
こうして私の淹れた茶を飲み、煎餅にかじりつきながら、どうでも良いテレビのニュースにみみを傾ける。
その様子の何と無防備な事か。
ふと、先程の帰り道での会話を思い出し、反芻してみた。
私に、まだ士郎を……自分を消したいかと聞いてきたこの男は、それを不安だと言いながら私を警戒して日々を過ごすのは嫌なのだと言う。
はて、一体この男は私に何を望むと言うのやら。
「さっきの話の続きだけどさ」
気が付けば、何時の間にかこちらに目を向けていた士郎が、ゆっくりとした口調で話し始め、私も耳を傾けた。
言い淀んでいるようだったのでどうした? と促してやると、士郎は言葉を一つ一つ選ぶように先を紡いだ。
「アーチャーはさ、なんであの時、俺と契約してくれたのか教えてくれ……ないよな」
「その質問には答えられないと、何度も言っていると思うが」
「だよなぁ」
この問答を、これまで幾度交わしたことか。
どう返されるか分かっていたのならば言わずにおけば良いものを。
そのような事で落胆されるこちらの身にもなってほしい。
あの日。
聖杯戦争が終結したその日、私は元の座へと還るはずだった。
凛の再契約の申し出すら断った私に、ふざけるなと怒りを露に伸ばされた衛宮士郎の手を、私は取ったのだ。
その理由は、はっきりとは伝えていない。
言葉にして伝えてしまえば、それまでの物のような気がして。
士郎はじっとこちらに見入った後、ぽつりと呟いた。
「俺にもさ、いつか分かる時が来ると思うか?」
冗談ではない。
「分かって貰っては困る。そのために私がいるんだからな」
士郎はしばらく納得していなさそうにこちらをじとりと見ていたが、私も負けずとまっすぐにヤツを見据えた。
「そういうもの、なのか」
どうやら、先に折れてくれたようだ。
「そういう事にしておけ。それ以上は、正直返答に困る」
そう、分かって貰ってなど、欲しくはない。
私がこの手を取り、ここに居る理由。
それはこの男が、私と同じ道を辿らぬよう見守る事に他ならない。
見てみたいと思ったのだ、この男が言う、間違っていないという意志を貫く先を。
だから、分かって貰っては困るのだ。
私がこの男の手を取った理由など、この男が知ってしまっては意味が無い。
決して教えてなどやるものか。
※※※※※
「そういうもの、なのか」
「そういう事にしておけ。それ以上は、正直返答に困る」
腑に落ちない所はあるが、そう言われて困ったように苦笑を浮かべられてはそれ以上を問うのは気が引けて、俺はそうかと頷いた。
「なら、お前はなぜ私を引き止めたのか、そろそろ理由を聞かせてくれても良いのではないか?」
不意に投げられた問に、俺は思わず言葉を詰まらせた。
迂闊だった……こう返されるのが分かっていただろうに……!
「そ、それはっ! 絶対教えないって言ってるだろっ!」
先程までの自分を棚に上げているのは重々承知だが、コレばっかりはアーチャーには……アーチャーにだけは口が裂けても言えない!
「そうか? 」
「お、お前がさっきの質問に答えてくれたら、教えてやってもいいけどなっ!」
半ばヤケになってそう言ってみたが、アーチャーは余裕の笑みを浮かべるのみで。
「そうか、それは残念だな」
なんてしれっと言ってのけた。
分かってはいるものの、やはりこの余裕の差は悔しい。
さっきだってシレッと歯の浮くようなセリフ言ってくれたけど向こうにはそんな自覚なんて無いに違いない。
自分もいつか、コイツにギャフンと言わせるような言葉で、ちゃんと自分の思いを届けられるだろうか。
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