地上の星 (ペキ)


この時代の夜は、ひどく明るい。
夜半になったと言うのに、全てを包み込むような漆黒があたりに満ち溢れることはない。
あるのは、ひどくぬるい暗がり。

ふと見上げれば、数多のきらめきはそこにはなく。
眼下に、地上に落ちた星々が輝いていた。


「すげえもんだよな……」

コレだけの明かりが、火も、魔術も使うことなしに、日常的に使われている。
しかも、それが限られたものではなく、ほぼ無限に供給されているかのような。
どの人間も、それを当たり前に行使できる、そんな世界。

はじめてこの光景を見たときは、それこそ度肝を抜かれたものだ。
知識こそシステムから知り得ていたが、そんなものなどこの目の前の現実には霞む。
まるで、白夜のようだ。
ランサーは、そう思った。


不本意な命を押し付けられ、いまだ戦闘許可の出ていない槍兵は、一際高い建物の上から星を眺めていた。
命じられた偵察と言う建前で居心地の悪いマスターから離れたものの、気分は一向に晴れない。
こういう時は、月や星を見て心を落ち着かせるのも悪くないかと思い、こうして高い場所に上ってみたものの、
目的のものは空の彼方にひどく霞んでおり、目に付くのはそれを打ち消すかのような地上の光。
いや、比喩でなしに、この地上の星によって空の星が押し込められているのだろう。
さながら、真昼の月が太陽によってその存在を隠すかのように。

「俺の視力でも、全然見えねえんだモンな……」

何千・何万以上もあったはずの星は、今では100に届くか届かないか程度しか見えなかった。
光によって浸食された光。
新しい地上の輝きに、ランサーは胸がひどくざわつくいた。

おもしろくない。

夜空を自分の生きてきた時代と比べてみたいと思っていたのだが、コレでは今どの星が見えているのかも分からない。
もっと、千里を見通せるような目がないと不可能だろう。

そう、ちょうど、あの赤い弓兵のような――


脳裏に、赤い残像がよぎる。

一度浮かべてしまうと、なかなか頭を離れない。
自信に満ちた、皮肉気な笑みを浮かべる男。
あの弓兵の目に、この地上の星と天上の星はどのように映っているのだろうか?

「――よし」


思い立ったら、即実行に移す。
どうせ、こうしていても面白いことなどないのだ。
ランサーは即座に、身を翻して地上の星の中へと落ちていった。




目当ての赤い男は、セイバーのマスターの家の屋根上で、今日も律儀に見張りを勤めていた。
ここ数日は、ずっとこのような調子だ。
あの常に貼り付けた皮肉気な表情を引っぺがしてやろうと少しからかいに来たこともあったが、
逆に彼がからかわれているような気分にさせられ、今のところランサーの全敗である。
無論彼自身は、負けを認めてはいない。


アーチャーはすぐにこちらの気配に気づき、軽く身構える。
といっても、ここ数日の奇妙な訪問に大分慣れたのか、敵意は最初のころと比べて薄まっていた。
……その薄まった闘志でも、まだ十分に警戒をされてはいるが。

「ふむ、こんな夜中にマスターもつれず散歩かね? 槍兵。
 まるで野良犬のようだな」

「そういうお前こそ、又律儀に見張りか? 大変だな、番犬家業も」

お決まりの、軽口のやり取り。
そんな少ない言葉の後、敵意無しと判断した弓兵は視線をランサーからはずし、そこに彼などいないかのように見張りを再開した。

相変わらずの、冷たい態度。
まあ、当初は全く無視されていたのだから、挨拶代わりに皮肉を述べられるだけ大きな前進だろう。

「よっと」

ランサーは、断りもなく勝手にアーチャーの隣に腰を下ろす。
アーチャーは一瞬嫌そうな顔をしたものの、何も言わなかった。

―どうせ何を言った所で、この豪胆な男は無理やり押しとおしてしまうだろう。

ここ数日の中で、彼の性格は早くも弓兵に熟知されていた。


無言のまま、しばしの時が流れる。
ランサーが、こうして黙っていることなど、かなり珍しい。
普段は、アーチャーが何の返答もせずに無視していようと、精神を逆なでするような言動を取ろうと、
始終攻撃的な軽口を叩いてくるのが彼の常だった。

しかし今は、ぶらぶらと手足を屋根の上で投げ出して、アーチャーの視線の先をけだるそうに見ているだけ。

先に居心地が悪くなったのは、これまた珍しくも弓兵のほうだった。

「……お前は、一体何しに来たのだ……」
「んー? ちょっとなー」

別にたいしたことじゃねえんだけどよ、とランサーは続ける。

「お前ってさ、何が見えるわけ?」

アーチャーは、いかにも「何を言っているのか分からんが?」というように、眉根を寄せた。

「質問の意図が分かりかねるな」
「ああ、言い方が悪かったな。 じゃ、聞きなおすけど。 お前には、星とかってよく見えるのか?」
「……星? ……まあ、この身は弓兵だからな。
 全ての星を、とまではいかないが、この時代で発見されている星ならばおおよそ見えるだろう」

槍兵の口から出てきたひどく意外な単語に、弓兵は軽口も忘れて答えていた。
まさか、この粗野な面の目立つ男に、星が見えるかなどと問われるとは。

「へえ。やっぱすげぇ視力なわけだ。 こんだけの地上の星の合間から天上の星を見ることができるんだもんなー」
「…地上の星?」
「あー……。だってほら、家の明かりとか、上から見ると星みてえだろ?」

だから、地上の星。

その表現に、アーチャーは思わずくくっと笑ってしまう。

「……んだよ、おかしいか?」
「……いや……まさか君の口からそのような表現が聞けるとは思ってもなくてな……」

細かく笑い続ける男に、ランサーはちっと舌打ちした。

「あー悪かったなぁ、変な喩えしてよ!」

ちくしょうおもしろくねえ!と叫ぶランサーに

「……ああ、悪かったな、槍兵。 いや、 地上の星という喩えは、悪くないぞ?」

アーチャーは珍しく賛辞の言葉を送った。

「君に似合わず、随分と詩的だ」

彼らしい、皮肉ももちろんセットだが。

「あー、言わなきゃよかったぜ……」

らしくないことを言ってしまったと頭をかくランサー。
せっかく、この皮肉気な弓兵を笑わせることが出来たというのに、結局彼の分が悪いようだ。
と、ひとしきり笑い終わったアーチャーが、言葉をかけてきた。

「確かに、この眩しさだと、空の星は大分見えにくいな。 見たかったのかね?」
「……まあな。 星くらいは、俺の生きていた時代とかわんねえかもしれないからな」

―自分が、どこにいるのか確認したかったのかもしれないな。
  この、地上の星の隙間にある夜は、随分と自分がいた頃と違うから。

そんな事を、遠くを見るような目で。
ここまでらしくないことを言ってしまったのだからと開き直ったランサーが、続けた。

「……確かに、幾分と眩しくはなっているが」

又揶揄されると覚悟していたランサーだが、アーチャーはひどく穏やかな声を発した。

「そこまで、夜の質は変わらんよ。 闇は追いやられているが、なくなったわけではない。
 同時に、明かりも随分と大きくなったが、家中の人の営みなども根本的には同じだ。
 家があって、灯りがともり、人が暮らしている。
 ……ソレは、君の時代ともそう変わらないだろう? クー・フーリン」

そう、槍兵の名を真名で呼んだ、弓兵の表情は。
彼が知っている不遜な態度の弓兵ではなく、随分と若い―少年のような柔らかな微笑に見えた。


「……ま、そうかもな……」





「さて、と」

決して短くはない時間、無言のまま地上の星を眺めていた二人のうちの青い青年が立ち上がった。
赤い青年はそちらに視線は移さないままで声をかける。

「もうねぐらにお帰りかね? 野良犬殿」
「おうよ。 お前もせいぜい頑張れよ、番犬」

そういって、ランサーはすっと姿を消す。
アーチャーは、その後も、まるで何事もなかったかのように見張りを続けた。
……ただ、ひどく穏やかな空気の残滓だけは消えることなく残っていたが。




”ねぐら”に帰る途中の槍兵は、夜を疾走しながら、
目の前に広がる新しい星の輝きに対してひどく穏やな自分の心境に驚いていた。

それは、一つ一つの灯りに家族という営みがあることを認識したからか、それとも。

『そう変わらないだろう? クー・フーリン』

これからはこの星を見るたびにちらつくであろう、彼の微笑のせいか。

「まあ、悪くないことだけは、確かだな」


見えぬ天上の星も、地上の星も、ぬるま湯のような白夜も。
わりと好きになれそうだと、槍兵は思った。




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