合鍵〜槍弓編〜 (椎名)


別に用があった訳じゃない。
ただなんとなくあの皮肉っぽい顔を見たくて。
なんとなく。
家の前まで来てしまった。
…のだが…

「…いないし…」

チャイムを押すこと3回。
それでもドアの向こうに気配は感じ取れなかった。
「うーん…なんだかなぁ…」
このまま帰ろうかとも思ったけど…
「夕食の買い出しにでも行ってるのかな…」
アイツのことだし。
ひょっとしたら待ってればすぐに帰ってくるかもしれないし。
玄関の前でもう少しだけ待って見ることにした。


5分。
あ、電線の上のカラスでけぇなー。





10分。
猫襲来。餌でもやってんのかなアイツ?
あ、そーですか。俺には用なしですかぐっばい。





20分。
雨が降ってきた。
うあー最悪。



30分。
雨が強くなってきた。



40分。
「…遅ぇ…」
いい加減立ちっぱなしも疲れてきて、ドアの前に座りこんでしまった。
服汚れるけど。
どうせ雨でびしょ濡れなんだからもうどうでもいいや。
別に雨に濡れることは嫌じゃない。
そんな寒い訳じゃないし。
ただなんというか…

ひどく惨めな気分になってきた。

…なにやってんだろ俺…
とっとと帰ればいいのに…

帰れば…

「…ちくしょ…なんか腹立ってきた…」

こうなったら奴の顔拝むまで絶対ー帰らねー!
なんて訳も分からず意固地になって、結局待ち続ける。
…我ながら意味のない意地っ張りだけど。


座りこんでしばらく経つとだんだん眠くなってきた。
身体を打つ雨がなんだか心地よくて。
あー、このまま寝ちまおうかなー。

「雨に濡れる趣味でもあるのかお前は」
うるせー。
お前のせいだバーカ。

「…どこほっつき歩いてたんだよお前は…」
きっちり傘なんか差してスーパーの袋ぶら下げてご帰宅ですかこのやろー。
「どこって買い物だが…ずっと待っていたのか?」
あぁそうですよ待ってましたよ。
自分でもアホだったと思いますよ。

アーチャーは小さく一つため息をつくと、
「取りあえずあがってシャワーでも浴びて行け。そのままではこちらの気が引ける」
なんて言って部屋に招き入れてくれた。
まぁ別に寒くはなかったけど、びしょびしょのまんまってのはあんまり気持ち良くなかったので結局シャワーを借りることにした。



「悪いな、迷惑かけて」
シャワーを浴びてアーチャーの服を適当に借りて、濡れた服を乾かしてもらって、おまけに紅茶まで淹れてもらってしまった。
気にするな、なんて声を台所の方から聞きながら、アーチャーの入れてくれた紅茶を一口すすり――

そこで初めてテーブルの隅に無造作に置かれた物に気がついた。
カップを置いて、それを手に取った。
「…鍵? 」
それは紛れもなく、キーホルダーの付いていないただの鍵だった。
「アーチャー、この鍵…」
お前のか? と聞こうとして。
「あぁ、お前のだ。」

…はい?

「今日みたいなことがあっては困るだろう? さっき造っておいた」
台所からはなにか料理でもしているのか、とんとんと小気味良いリズムで包丁を操る音が響いている。

「で? 何か用があったんじゃないのか? 」
「え? あ、あぁ…なんだったっけな…」
正直そんなことどうでも良くなっていた。
ていうかもともと用なんて別になかったような気がするし。

「なんだよ。用がなきゃ来ちゃだめなのか?」
顔がにやけたまんまでそんなことを言ってみる。
「…いや? 別にかまわんが…」
アーチャーの声が少し照れてる…ような気がした。
台所から聞こえてくる音に耳を傾けながら、俺は紅茶をもう一口すすった。
今度来る時までに、俺の部屋の合鍵も作っとかないとなー、なんて思いながら。



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