天上の華 (ペキ)


Side A

子供らに帰宅を促す鐘の音が、閑散とした市街の空に鳴り響く。
その電子音で作られた音階のなる時間は、昨日よりも1時間早まっていた。
秋分を過ぎたので、冬の時間帯へと移行したというわけだろう。
なるほど暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったものだ。
つい先日まで真夏日が最多記録を更新した等と報道で騒がしかったことが嘘の様に、風は爽やかで、日差しは柔らかい。
まあ、秋の空は人の心にたとえられる程移ろいやすいものとしても有名なのだから、この天気が長く続くとは限らないのだが。
いつ又大型台風接近となるやも知れない。
この晴天の続く今週中に、色々とやっておくべきだろう。
気持ちよく乾いた洗濯物をたたみつつ、そんなことを考えていると。

「ただいまー」

と、我が家の一際大きい「子供」が帰還してきた。
その蒼い子供はどすどすと盛大な足音を立てながらこの居間に一直線にやってくると、私の正面に当たり前の様にどかりと腰を下ろす。

そしておもむろに

「ほい、やる」

と、こちらに一輪の花を差し出してきた。

どこから手折ってきたのやら。
包み紙やリボン等という殊勝なものなど何一つ付いていたいそれは、しかしこの旬な時期、それだけで一つの完成品の様に見事な朱の花を咲かせている。
余計な別茎や葉などない。
ただ、まっすぐに伸びた茎の先に、艶やかに花をつけている。

「……どこでこんなものを取ってきた?」

とりあえず受け取りながら、たずねると。

「ん? 貰ったんだよ、そこの交差点まっすぐ行った所の、角っこに住んでるばーさんに」
「貰った?」
「ああ、俺がずっと見てたらさ。 気に入ったんならくれるって言ったから、一つ貰って来た」

そういって、キレイだろ? と笑う。
なるほど、つまりは。

「……つまり、お前はこの花がどういったものだか知らずに貰ってきたわけだな」

全く、コレを貰ったのが私で良かった。
もしコレが凛や桜に渡っていたら、あまり言い顔はされなかっただろう。
凛などは、露骨に嫌な顔をするかもしれない。

「へ? どういったものって……なんか特別なもんでもあるのか?」
「……別に、この花自体が特別というわけではない。
 どこにでもある、とは言いがたいが、いたって普通の花だ。
 ……ただし、イメージはあまりいいものではないな」

まっすぐと伸びた茎。
咲き誇る、目にも鮮やかな朱。
その花は、ちょうど彼岸に咲く事・古くは墓碑の傍に多く植えられていた事・そして何より花の、はっとするような鮮血の紅から。

「……この花は、彼岸花と呼ばれている。
 死者の傍らにある花だ、とな」

誰がそう呼び出したのか、いつからなのか。
正式には他の名前があるはずソレは、いつの間にかそのような呼ばれ方しかしなくなった。
本来の形や名前から逸れ、気付けば死に近い名で呼ばれ続ける華。
……なるほど、私にこそふさわしいかもしれない。

「ふーん」

と、彼は別に興味などないといった風に生返事を返す。

「まあ、今どんな風に呼ばれてたって関係ねえよ。
 ――名前とか、俗説とか、そんなの後から勝手につけただけだろ?
 ただ俺は、その華自体がきれいだと思ってもらってきたんだから」

だってほら、赤くてキレイで、お前に似合うと思ったんだよ。

そういって笑う。
彼にとっては、名前も呼び方も大したことではないようだ。
おそらく、ただ目の前にある本質以外は必要なく、他者の観点など気にも留めないのだろう。
ソレは、実に彼らしい。

そんな彼が私に似合うといった朱の花。
死人花とか、葬式花とか、そんな俗称で呼ばれている花。
だけれど。
彼の手から渡された、幾重もの花びらを反らしているまぶしい赤の花そのものは。

「では、ありがたく頂戴しておくとしようか」

――ひどくキレイに思えるのだから、人の心は不思議なものだ。




玄関先の、一輪挿しの花瓶に揺れる、赤い花。

その花は、ただ無心に見てくれたたった一人に手折られたことを誇りに、一週間という短い生涯を鮮やかに咲き誇った。





Side L

目を奪われたのは、艶やかな、鮮やかな朱。


太陽が大分傾き、オレンジ色に染まる街角を歩く。
特に目的地はなく、ぶらぶらと。

俺にとって、散歩に出かけるのはもはや日課だ。
本当は誰かさんと一緒に遊びに行きたい所だが、連日の天候不良でたまった家事を片付ける事に余念がないアイツを今連れ出す事は不可能だろう。
最悪、俺までかりだされない。
そうなった場合、アーチャーと始終一緒にいられるって言うのは結構魅力的だが、いかんせん家事をしている間はそれに熱中してしまって話しかけてもあまり相手をしてもらえない。
熱中してる時の顔を見るのも好きだけれど、気に留められないっていうのは面白くない。
なら、もう少し溜まった家事が片付いた頃に手伝った方が、早く終わるし、アイツも余裕が出て俺の方を見てくれるだろう。
その時に、「色々」すればいいからな。


散歩と言うのは、目的地がないから散歩なんだと思う。
計画性がないのが嫌いなアイツは「テキトーにぶらぶらしてくる」と伝えるとあからさまに眉をひそめるが。
俺にしてみれば、「ここに行こう!」って決めていくのは散歩じゃなくて「買い物」やら「徒歩旅行」だろう。
もしくは、デートとか。
さすがにデートとかなら俺もちょっとは退屈させないように計画とかねるんだけどな。
いや、ぶらぶら当てもなく歩くデートもそれはそれで好きなんだけど、やっぱり気合の入りようが違うと言うか。


と、考えている間に、足はいつの間にやら帰宅方向に向かっていた。
まあ、時間的にも、今日はこの辺で帰ってもいいだろう。
まだ夕餉には大分早いが、料理を作っているアーチャーの後姿を見るのも中々良いからな。
目的がない分、引き上げるのも簡単だ。

そうと決めたとたんに逸る足に任せていると。

ふと、脇の石垣の上から伸びる、朱の色に目が留まった。

途端、足と思考が停止した。
おそろしく見事な「赫」だった。
濃緑の茎はすらりと伸び、一葉とて存在しない。
その先にあるのは、大輪の華。
夕焼けに染められたその華は、元から鮮やかな朱だろうその色をいっそう濃くしている。

まさに、「あか」としか表現できないような華だ。
そして、脳裏に浮かぶのは、当然あの赤い――


「気に入ったのかね?」
「え!?」

予想だにしない至近距離からの声にあわてて視線を移せば、隣にいつの間にやら背の低いバーさんが立って、こちらを見上げていた。
気付かなかった……というよりも、俺がそんだけ呆けてたってことだろう。
唐突なそのバーさんの登場に、俺が言葉を返せないでいると。

「気に入ったのかね、その花が?」

再度、尋ねてきた。

「あ、ああ……」

すると、彼女(まあ、歳食ってても女は女だ)は若い時に見たかったと思わせるほどの満面の笑みを浮かべて、こっちこっちと手招きをしながら石垣の階段を上っていった。
どうやら、この家の主らしい。
何となく、いつぞやテレビで見た「戦慄! 若い男を誘い込み喰らう人食い老婆!」などと言う安っぽいテロップが頭をよぎったが、ここでおびえるようでは英霊なんぞになっていない。
喰えるモンなら喰ってもらおうかってなもんだ。
そんなこんなで、お招きに与る事にした。



石垣の階段を上ると、そこは一面の 赤。

あまり広くはないその庭は、一瞬敷物でも引いてあるかと錯覚させるほどにびっしりと、隙間なく赤い花で埋め尽くされていた。

「ほぉ……」

知らず、感嘆のため息が漏れる。

「どうだい?」
「ああ、すっげえ綺麗だ…」

隣で、得意気に笑う気配が伝わってくる。
ああ、確かに。
これほど見事な花ならば、見ず知らずの他人にでも見せびらかしたくなるってモンだろう。
事実、彼女の思惑通り、俺はこの花から目が離せなくなっているのだから。

「……しかし、あんたみたいな若い人が、この花に目をとめるなんてね」

良い感性してるじゃないか、と言いながら縁側に腰掛けるバーさん。
その物言いが少し気にかかる。

「? なんで、若いやつは目にとめないんだ?」
「目に入っても、あまり見入ったりしないよ。この花にはね」
「なんでだ? こんなに綺麗な花なのに」

不思議だ。
これほど綺麗なら、そう、花屋に売っていたっておかしくない。
でも、この花を花屋で見かけた事なんかないな、そういえば。
葉もない、一輪挿しにむいていそうな花だろうに。

「そうか、あんた外人さんだもんねぇ。知らないはずか」
「あ、まあな」

正しくは、外人さんどころか人外さんな訳だが。

「その花はね、今の日本じゃ縁起が悪い花って言われているんだよ。“彼岸花”といってね。
 ちょうど墓参りの時期に、墓近くに咲くからって」
「墓の近くに、ねぇ。それが縁起悪いってか。 あんまり理解できねえなぁ」

この花自体に、もっと毒とか、死体にしか咲かないとか、そういった事があるならともかく。
死者の隣に咲くからといって、亡者と同等に扱われるのはもったいなすぎる。
たとえ、墓の隣であろうと、死者に囲まれていようと。

「何処に咲いてようが、キレイな物はキレイだってのにな」

――そう、あの赤い男が。
剣の墓標に1人立ちつくし、亡者の群れに囲まれてなお、キレイなように。

「へえ、そう言ってくれると、この花も喜ぶだろうよ。
 どうだい? あまり長持ちはしないが、一輪持っていくかい?」
「いいのか?」
「ああ、あんたにとっては、この花は『   』みたいだからね」






「ただいまー」

玄関の戸をあけて、ぽいぽいと靴を投げ出す。
おざなりながらも、居間方面から「お帰り」と言う声が聞こえてきたのを確認し、そちらにむかう。

アーチャーは居間で洗濯物をたたんでいた。
少し、日向のにおいがする。
思わず後ろから抱きつきたくなるが、今日は土産物があるので、我慢する事にした。
アーチャーの前に座り、差し出す。

「ほい、やる」

いきなりの事にアーチャーは面食らった顔をしていたが、とりあえずといった感じで花を受け取った。

「……どこでこんなものを取ってきた?」

……俺には、「買ってきた」とか「貰ってきた」という選択肢はないのかよ?

「ん? 貰ったんだよ、そこの交差点まっすぐ行った所の、角っこに住んでるばーさんに」

まだ納得が行かないって顔をしている。俺そんなに信用ないか?

「貰った?」
「ああ、俺がずっと見てたらさ。 気に入ったんならくれるって言ったから、一つ貰って来た。
 キレイだろ?」

と、アーチャーはその言葉にため息と言う返事をした。

「……つまり、お前はこの花がどういったものだか知らずに貰ってきたわけだな」

なるほど。
『目に入っても、あまり見入ったりしないよ。この花にはね』
バーさんの言ってた事は、どうやら本当らしいな。
なんだかんだ言っても、アーチャーもこの時代のこの国のヤツだし。
その言葉に、俺は。

「へ? どういったものって……なんか特別なもんでもあるのか?」

知らないフリを、してみせる。

「……別に、この花自体が特別というわけではない。
 どこにでもある、とは言いがたいが、いたって普通の花だ。
 ……ただし、イメージはあまりいいものではないな。

 ……この花は、彼岸花と呼ばれている。
 死者の傍らにある花だ、とな」

そう言って、ヤツは。
花を見ながら、自嘲気味に笑う。
こういう顔をコイツがする時は、決まって自分を、その生涯を卑下する時だ。
何一つ、恥じ入る必要もないのに、自分を貶める。
俺は、コイツのそういうところが何よりも腹立たしく――

「……まあ、今どんな風に呼ばれてたって関係ねえよ。
 ――名前とか、俗説とか、そんなの後から勝手につけただけだろ?
 ただ俺は、その華自体がきれいだと思ってもらってきたんだから」

そして何よりも、教えてやりたいと思う。
磨耗してなお繊細な心に、墓標の中に咲いてなお、気高い赤に。

「だってほら、赤くてキレイで、お前に似合うと思ったんだよ」

お前の存在の、美しさを。
今の名前など、関係ない。
お前の価値は、俺と、嬢ちゃんたちと、そしてお前を好きな者達が知っているという事を。



『彼岸花の本当の名前はね。
 “曼珠沙華”――天上の花、と言う意味なんだ。』

たとえ、本当の名前を知る者が少なくなっても。

『この上なく美しい、最上の花』

お前のことを知っている奴らは、ちゃんと、解っているから。

『全ての吉兆、救いの華の名前なんだ』

だからどうか、お前も。



「――では、ありがたく頂戴しておくとしようか」

そういって。
今度はやわらかく華を見つめる、アーチャーの笑顔。
ああ、それこそまさに、

  天上の華。




バーさんの声を、思い出す。
この花を、あげたい人がいる、と告げた俺に。
彼女は微笑んだ。

『来年も、おいで。
 今度はその愛しい人と、一緒に』

随分と聡い、いい女だ。
若い頃は、さぞかしもてただろうな。

来年、彼女の元をアーチャーと訪れる時は。
この花の本当の意味を、告げてやろう。
待ち遠しさと、その時の反応が楽しみで、自然、笑顔がこぼれる。


『曼珠沙華の花言葉はね。
 “悲しい思い出”と言うのが有名だけど、もう一つあるんだよ』


さあ、明日も天気は上々。
明日の散歩は、無理矢理にでも連れ出してやろう。
無計画がイヤなら、少しはプランでも練ってみますか。

――玄関の、一輪挿しの花瓶に揺れる、赤い花。
その花は、一途に、真っ直ぐに。愛しい人の想いに答えるかのように、一週間という短い生涯を鮮やかに咲き誇った。


――『想うは、あなたひとり』――




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