Ember(椎名)


森の古城に響いていた鉄のぶつかり合う喧噪は消え、今あるのはただ炎の燃え爆ぜる音とそれを巻き上げる風の唸りのみ。
ときおり思い出したように、瓦礫の崩れ落ちた衝撃が轟音を城中に轟かせている。
生身の人間なら数分ともたず煙りでやられてしまうだろう城内。
そのただ中で、赤い弓兵は目を覚ました。

身体が思うように動かない。
それが自分にのしかかる瓦礫の重みであると知覚すると、なけなしの力を振り絞ってなんとか瓦礫の山から脱出する。
荒い息を整え、状況の把握。

「まだ……生きている……?」
途切れる前の記憶をたぐりよせる。

確か自分は衛宮士郎と戦っていたはずだ。

そしてこの身は彼に貫かれ…

「そうか……英雄王に……」

敗れた自分は、その後現れた英雄王の攻撃から衛宮士郎を庇いい――

それで終わりのはずだった。

既に魔力は尽きており、後はただ元の英霊の座へと還るだけだった。
それがどういう訳か、まだこうして現界しているというのは…
アーチャーのクラスの備え持つ特性もあるのだろうが。
「まったく……我ながら生き汚い……」
そう独りごちながら、辺りを見渡す。

視界に映るのは一面の火の海。
時期にここも焼き尽くされるだろう。
ならばもうここに居る必要はない。
取り敢ずこの場を離れようと立ち上がり。

近くに微弱な気配を察知する。

まだ誰かいるのか?
アーチャーは重い足を引きずりながら、気配を辿り近付いて行った。
気配は炎のいっそう激しく燃え盛る方からするようだ。
身を焦がす火の粉を振り払い、肺を焼く熱に咽せながら、アーチャーは炎の中心へと歩み寄り

そこに。
「よぉ……」
青い槍兵の姿を認めた。
「は……無様だなおい……」
左胸から。あるいは、口元から大量の血を流し、火の着いた腕をだらりと垂らし。
ランサーはお互いボロボロなのが心底おかしいというように、片方の口元を吊り上げた。
「お互いにな……」
つられてアーチャーも自嘲ぎみに笑うと、炎に包まれた部屋を見渡した。
「なるほど……この火の元はお前だったか…」
ルーンの知識などほとんど持たないアーチャーでも、そこに宿る魔力でそれがただの炎でない事ぐらいは理解できた。

そばには、そのほとんどを既に焼かれた聖衣を纏う長身の男の姿。
こちらも辺りにおびただしい量の血をぶちまけている。

「ハズレを引いたか……心中お察しする。」
「け……同情するならそのくじ運の良さちったぁ分けやがれってんだ……」

それまで手にしていた赤い魔槍が粒子となって解け消える。

「……急げ……いくら英霊でも魔術の火で焼かれてただじゃすまねぇぞ……」
アーチャーは一瞬何か考え込むように目を閉じ、再び視線をランサーに向けて

「……ここで生き残ったところで……私もすぐに消える。」
魔力はとうの昔に尽きており、マスターも今はなく。

だが……

「あいつらの戦いを見届けたい……だろ?」
「……」

アーチャーは無言で答える。

彼らの……この聖杯戦争の行く末を。
最後まで見守れないだろうか。

消えかけた身体で考えたのはそんな事だった。

「なら話は早い。俺の魔力も持って行け。」

「……は?」

何を言っているのかなんとなく理解するのに少しの時間を要した。
それが何を意味するのか分からないほど愚かではないが。

「しかし……」

「あぁ……言い忘れてたけどな……」

火の着いた腕を伸ばし、アーチャーの頬へと触れる。

「お前、とことん気に入らねぇ奴だけどよ、お前みたいな奴は結構好きだぜ?」

それは呪文。
そして見事に術にかかり、アーチャーが動揺した一瞬を見逃さず。

ぐいと首を引き寄せ。

荒々しく口付けた。

「……な……!」

顔を朱に染めて抗議するアーチャーがよっぽどおかしいのか、ランサーはくくと笑った。

「悪りぃな。時間がもったいなかったんでな。もっとも今ので全部渡せる程しか魔力も残ってなかったんだけどよ……」

見れば、ランサーの姿は次第に粒子となり始めていた。
それで幾分か冷静さを取り戻せた。

「……矛盾した言い分だな…できればどちらなのかはっきりして貰いたいんだがね…」

礼を述べるのも気恥ずかしく、かろうじてそんな言葉でごまかした。

「へ……今度会う時は……それが分かるくらい大人になってることを祈っといてやるよガキんちょ……」

そんな捨て台詞を残して、青い槍兵は英霊の座へと還って行った。

「……」

握り締めていた掌を解き、ついさっきまでランサーのいた場所に燻る炎に透かし見る。

その身に確かに流れ込むランサーの魔力。
これなら、後一度矢を番える事ぐらい出来るだろう。

せっかく貰い受けた魔力だ。無駄にはするまい。

『なにやってる!早く行け馬鹿野郎!』

耳に届いた声に、思わず視線を辺りに巡らせる。
無論、誰もいやしないのだが。

思わず微笑してしまっている自分に気が付く。
「忠告、感謝する……」

誰にともなく呟いて、アーチャーは燃え盛る城を後にした。




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