日記掲載ネタ〜槍弓編〜 9


26 (ペキ)

亭主の遅い帰りを待つ妻の心境とは、こんなものだろうか。

ごく自然にそんな考えにいたってしまった事に赤くなるとか青くなるといった行動を起こさない程度には、自分の思考の愚かさ加減は自覚している。
冷えてしまった夕食を尻目に、落ち着きなくシャツをたたむ。今日は中々上手くいかず、何度もたたみなおす。
いや、上手くいかないような気がしているだけで、実際の所は普段と何ら変わりなくたためているのだろう。わかっている。
しかし、手を止めると今以上に厄介な方向性の思考に陥りそうだ。
普段からしてみれば、もう十分に恐ろしい思考になっているが。
そもそも妻って何だ、妻って。私は女じゃない。大体、何故ヤツを待たねばならない。さっさと寝てしまえばいい。
いやしかしそもそも私には睡眠など必要がなく、だとすれば睡眠こそが心の贅肉であり、すなわち不必要なのか?
だが、ここでこうしているよりも、よほど有意義だ。
心配せずとも、アレをどうこうできる事象などありえない。待て、心配? 誰が誰を? 馬鹿げている。


ちらりと時計を見やる、この行為もすでに今日だけで幾度目、いや何十度目か?
針が指し示すのは、11時43分。もうそろそろ日付も変わるか。
帰りが遅くなるという連絡は聞いたが、泊まって来るという話は聞いていない。むしろ、泊まったりはしないと念を押していた。
――ならば、遅くはなるものの帰ってくるのだろう。
彼は、普段落ち着きがなくぶらぶらとしてはいるが、ただ一つ、言質を破らないのだけは信用できる。
それは彼という存在の根本的な部分であり、彼自身がどうこうできるものではないのだから。
それこそが厄介であり、いずれ帰ってくると分かっている以上、先に寝る事ができないのだ。
彼が帰ってきた時に腹を空かしているかもしれないとか、一言怒ってやらねば気がすまないとか、彼も帰ってきた時明かりがついていた方が良いだろうとか、そんな随分と甘い考えが、未だ自分をここに縛り付けている。
馬鹿げている。
こんな感情を否定することすらできなくなっているこの「端末」を、「本体」は一体どう思うだろうか。

11時52分
先ほどから10分と経っていない。時間経過が引き伸ばされているようにすら感じられる。
コレは、苦痛なのだろうか? よく分からない。
彼が帰ってこない事が、腹立たしいのは確かなのだが。
随分と身勝手な話だと思う。彼は1人の個人であり、成人などという単語は幾星霜も前に済ませてしまったような完成した男性だ。
その行動を縛る必要もなければ、権利もない。食事や戸締り等も、何とでもできよう。彼が何処へなりと行き何をしたところで、何ら問題がないはず。
だというのに、彼に家への連絡を強いて、あまつさえ帰りが遅いなどと腹を立てている私。

――ああ、要するに、コレは嫉妬だ。

シャツをたたむ手が、意図せず止まる。
回りくどく、何度も結論を迂回するように考えたとしても、結論は同じだ。実に分かりやすい感情。
彼が私のあずかり知らぬ所にいることが、私以外の誰かと時を共有しているかもしれない事が、腹立たしいのだ。
……こんな想いを抱いてしまうほど、私は彼に依存している。
本当に馬鹿げている。


……覚えのある気配が、塀の向こうを移動しているのを感じる。
気配の主も、私の気配と屋内の明かりに気付いたようだ。移動速度が増す。
玄関をあけ、慌ただしく入ってくる音。最後に帰ってきた時は鍵を閉めろとあれほど言っているのだが、実行した気配はなくそのままこちらに来る。
時刻は11時57分。
さて、こんなに遅くに帰ってきた馬鹿者に向かって、何と言ってやろうか。

「―――!」

ひどく驚いた顔の君と、目が、合う。


おかえり。


――本当に、馬鹿げている。
  そう思っているのに、否定できないこの感情は――。





27 (椎名)

その日はいつもより、少し空気が澄んでいた。
いつものように洗濯を終え庭に干しに来たアーチャーは、ふと縁側に立ち止まり中庭に目をやった。
空はうっすらとした灰色一色。
しかし目に沁みる程の眩しさに、アーチャーは一瞬目をかすめた。
次第に慣れた視界に、ちらり、ちらりと混じる純白。
「雪?」
通りで薄ら寒いと思ったな、と一人視線を再び中庭の地上へ。
飛び込んできたのは先ほどの眩しい灰色よりも一層視界を突き刺すような白。
いつの間にか積もっていたらしい。
そこに。

「アーチャー!雪だぜ雪ー!」
子供のような大人(英霊)が一人。

「豪雪地帯の方々に謝れたわけ。大体雪など君は見慣れているんじゃないのかランサー?」
風邪を引くだろうと半ば呆れて言うアーチャーの顔面に。

ぼさり。
と音を立てて何かが衝突した。

落ち着いて状況分析。
今のぼさり、という音は、自分の顔面に雪玉の衝突した事により生じた音。
雪玉を持っていたのはほぼ間違いなく蒼い髪の槍兵で。
あぁこうしている間にも頭の雪は溶け。

「お、アーチャー、水も滴る何とか?」
悪戯な笑みを浮かべる目の前の男がランサーで。

分析完了。
目的把握。
実行。

「なんだ?お前も雪で遊ぶか?」
つかつかと中庭に進み出て。
手近な雪をざっくりと掴み。

ぼさり。

「うお!?」

し返しとばかりに至近距離から投げられた雪を思いっきり顔面に受け、ランサーは思わず一歩後退した。

「よっぽど…雪が好きなようだな…ランサー?」
やんわりと穏やかな、それでいてこの場を更に凍てつかせるような笑みを浮かべ、ゆらり、と雪の中に佇むアーチャーはまさに修羅のそれ。
流石はアーチャー。赤い悪魔のサーヴァント。

「いや、アーチャー、悪かったから。俺はしゃぎすぎたから。だから落ち着けって!!」
「雪に埋もれて溺死しろっ!」
「いやそれ溺死っていうより圧死するだろー!」


中庭の喧騒を聞きながら、凛は居間のコタツでお茶を一口すする。(無論士郎が入れた。)
「まったく…寒いのに元気よねぇ…」

そんな様子を見ていた士郎の脳裏に、日本人なら誰でも知っている雪にまつわる童謡が、密やかに脳裏をよぎったのだった。





28 (椎名)


ふと。
目に付いたのは、首筋に付いた爪で引っ掻いたような赤く腫れた傷痕。
目眩がした…ような気がしたのはほんの一瞬。
それでも、無闇に疑うのは頂けないと。
「アーチャー、その傷は?」
平常を装い、恐る恐る聞いてみる。
「ん?あぁ、これか。どうりでヒリヒリすると思ったら…やはり跡が残ってしまったか…あいつめ…」
言ってアーチャーは、首に手を当てて小さく舌打ちして見せた。

今度は。
確かな目眩に、視界が揺れた。

あいつ、と。
確かにアーチャーは言った。
あの首筋にに付いた傷は、ランサー、ではない誰かが付けたのだと。

この身は英霊。
人々に夢を見せることもあるだろう。
生きる希望を与える事だってできるだろう。
祖国では崇める者すら居るかもしれない、憧れの対象。

しかし。
それがどうした。
今のランサーは、そんなプライドも何もかも構わず、女々しく涙でも見せて問い詰めてやりたい気分だった。

「まったく…向かいの犬を旅行の間預かったはいいが…人懐こすぎるのも問題だな…」

「はい?」
思わず間の抜けた声を漏らした自覚もなく、ランサーはひたすらアーチャーの放った言葉の意味を咀嚼する。
「?言わなかったか?今向かいの家の犬を3日間預かっているんだが。そいつが人懐こい大型犬でな。昨日の夜散歩に連れて行こうと思ったらいきなり飛びつかれてこの様だ。」
やれやれ、と、しかしまんざらでもなさそうな顔でそう告げられ。
ランサーは別の意味で泣きたくなった。
いや、よっぽど泣きそうな顔をしていたのだろうか。
「どうした?涙目になっているが。具合でも悪いのか?」

この超鈍感俺で分かれどちくしょうと心の中で突っ込みを入れ。
「い…犬のキスマークなら許してやらぁ…」
と、相変わらず訳の分からない理屈で誤魔化した。
「何だ?同類に対抗意識でも湧いたのか?」
にやり、と笑ったアーチャーに、ランサーは取り合えず今夜の目標を定めたのだった。





29 (椎名)

「たっだいまー!」
 やたらと元気な声で部屋に上がってきた声の主を、アーチャーはいつものしかめっ面で迎えた。
「君が来ると急に煩くなるなまったく……」
 第一人の家に上がるのにただいまは可笑しいのだが、その辺の突っ込みは意味を持たないのであえて口にはしなかった。
「なんだよ、賑やかになっていいだろ?」
そう言ってアーチャーのいつもの定位置である椅子に腰を下ろすと、おもむろに持っていた紙袋を差し出した。
「ほれ、お土産ー」
この所この男は、時折何処へともなくふらりと出かけてはこうしてご当地名物を買い込んで来るのに凝っているらしい。
「ふむ、今回はまた買い込ん……」
礼もおざなりに紙袋の中身を物色し中に入っていた物に目をするなり、アーチャーは言葉を詰まらせた。
「ん?あぁ、それか?一応名物らしいし美味そうだったんで買ってみたんだが。ひょっとしてビンゴ?」
アーチャーはしばしジト目でランサーを見て、
「ランサー、念の為一つ聞きたいのだが……コレには何か深い意味でもあるのか?」
口元をひくつかせて問うアーチャーに、ランサーは目を瞬かせた。
「ん? 別に意味なんかねぇけど? あ、もしかして嫌いだったかコレ?」
慌てた様子のランサーを見て本心だと悟ったのか、アーチャーは今度はやや頬を赤く染めて俯いてしまった。
「いや、他意がないのなら別にいい……」
軽く咳き込むと、手にしていたお土産を紙袋に戻した。
「? まぁいいけど。でもこれ、夜のお菓子≠チてどういう意味なんだろうな? 」

ごん、と鈍い音を立てて、アーチャーはテーブルに突っ伏した。




←BACK








広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット