日記掲載ネタ〜槍弓編〜 12


41 (椎名)

 夜も更け、そろそろ寝ようかという一時。
 ふと、アーチャーはランサーの青い髪へと目をやった。
 風呂上り、洗い晒しの髪をタオルドライのみで放置しているのが妙に気になったのだ。
 あんなに長い髪の事だ。
 ぞんざいに扱っていては痛まない筈はないのだが。
 しかしそこはサーヴァント。
 アーチャーは彼の髪があっちこっちへ撥ね広がっている様を見た事がなかった。
 一時はパサついても、また直ぐにあの艶としなやかさを取り戻すらしい。
 とは言え。
「ランサー、髪はよく乾かすなり梳くなりした方が良い」
 ドライヤーという選択肢は、おそらく面倒臭がって拒否されるだろうと見越しての意見に、ランサーは予想通りの反応をしてみせた。
「いいって別に。魔女でもあるまいしそんな気にする事ねぇよ。放っといても戻るみてぇだし」
 この瞬間、彼は世界中の魔女を敵に回したという事を本人は分っていないようであるが。
 どこかの赤い悪魔が耳にしたらと思うと背筋がぞくりとするアーチャーだった。
 ジットリと目を細めて視線を送るアーチャーを尻目に、ランサーはぐいとグラスに注がれた牛乳を煽った。
 アーチャーはやれやれと言うように肩を竦めて小さく溜息をついた。
「ランサー、そこに座れ」
「ん?」
 手近な椅子を差し出し言うアーチャーに、ランサーは間の抜けた声で何事かと返事を返す。
「いいから座れ」
 語気を強められ、ランサーは眉を潜めながら椅子へ腰掛けた。
「ちょっと待っていろ」
 アーチャーが部屋を後にするのを見送り、ランサーはふむと息を付く。
 待つことしばし。
 再びアーチャーの気配が背後に生まれ――
 ふわり、と髪が浮き上がる感覚と共に櫛が通された。
「お、おい!?」
 驚いて振り向くと、しれっとして作業を続けようとするアーチャーと目が合った。
「何か?」
「いや何かじゃなくてだな!」
 珍しく動揺しているランサーに、アーチャーは思わず口元を綻ばせた。
「そんなに気にする事でもあるまい? 魔女でもあるまいし」
 にやり、と不適な笑みを浮かべて髪を梳かし続けるアーチャーに、ランサーはむぅと唸って大人しく前を向いた。
「物好きなヤツ……」
 アーチャーからは顔は見えないが、おそらく少し頬を赤らめているのだろう。
 ランサーはむすっとしながらも、髪を梳く乾いた小気味良い音にしばし聞き入った。
 そういえば、誰かに髪を弄られるのなんて酷く久しぶりで。
 ちょっとだけ、心地良いかもしれない。
 などと思いつつ。





42 (椎名) ※槍がちっこいです

「お待たせ致しました、アイスチョコパフェでございます」
 そう言って、ウエイトレスが運んで来たパフェを受け取り、少年は目を輝かせて頂きます、と軽く手を合わせると、山と乗せられているチョコレートアイスへスプーンを突き刺した。
 まずは一口。
「んー。やっぱたまには甘い物補充しなきゃなー」
 小さく唸って幸せそうに目を細める姿は実に微笑ましい。
 それに対して反対側へ座る青年は、どこかぐったりとその様子を仰ぎ見ている。
「どうしたアーチャー? 一口食うか?」
 言ってあーんとスプーンを差し出す少年に、じっとりと視線を向けて、青年――アーチャーは大きく溜息を吐いた。
「いらん。勝手に食っていろ」
「何だよー美味いのにー」
 床までちゃんと着いていない足をぶらぶらさせてパフェを頬張るその姿は、まさに無邪気な少年。
「やっぱ子供の姿だとこういうのも頼み安くていいな」
 うんうんと一人頷き、パフェの頂点を飾っていたサクランボを啄ばむ少年に、アーチャーはようやく声を掛けた。
「で、どういう事なのか説明してもらいたのだが……ランサー君」
 何やら頭が痛いのか、眉間の辺りを押さえながらアーチャーは少年……ランサーと思われる少年へじっとりと視線をよこした。
「だーかーらー。どっかの金ぴかが変な薬うっかり俺に盛ってくれたもんだからこうなっちゃったんだって」
「うっかりか。それはうっかりなのか英雄王」
 思わず頭を抱えるアーチャーに、ランサーは生クリームのたっぷり乗ったスプーンをはむ、と一口。
 気のせいかその仕草が妙に不器用な子供っぽくて可愛らしい。
「まぁ、ほっとけばその内元に戻るみたいだけどさ。せっかくだから子供の特権をフルに活用してやろうかと」
 にや、と犬歯を除かせて笑った姿に、アーチャーははぁと溜息を吐いた。
「で、その手始めに私にパフェをたかるという訳か。光の御子も堕ちたものだなクーフーリン」
 皮肉たっぷりに頬杖ついて言われた言葉に、ランサーは口に入っていた物を飲み込み、開いている左手の人差し指でアーチャーの鼻先でピタリと止めた。
「ちがーう。俺の名前はセタンタ。もうちょっとしたらその名前でいいみたいだけどまだセタンタって呼んでくれよな」
「妙なこだわりを」
「こだわり違うから」
 そういえばギルガメッシュ(小)の方も性格まで小さくなってたのをアーチャーは思い出した。
 なるほど、どうやら件の薬には身体だけでなく性格まで相応の頃の物になるらしい。
 そこから察するに、確かに目の前の少年は幼い日のセタンタ少年なのだろうと納得するアーチャー。
「分った。では聞くがセタンタ。君は私をファミレスになど連れ込んでどうしようと?」
 目の前に現れるなり、ランサーだと名乗って問答無用で近くのファミレスへアーチャーを連れてきたセタンタ。
 その当の本人は現在、大きなパフェを幸せそうに貪っているが。
 セタンタは一度目をぱちくりさせて、ぽ、とか頬を赤らめた。
「お兄ぃさんにその呼び方されると何か照れるなぁ」
「お兄ぃさんはやめろ!」
 思わず絶叫しそうになるのを何とか堪え、アーチャーは水の入ったグラスに手を伸ばした。
「そう言うなって。今の俺からすればお兄ぃさんなんだからいいじゃねぇか」
 アイス美味いよ食べる?
 遠慮する、なんてやり取りのをしつつ。
「まぁ呼び方なんてどうでも良いって」
 先程自分が呼び方を訂正させたのを棚に上げて言うセタンタに、アーチャーは額に青筋が立つのを感じつつ少年の話に耳を傾けた。
「別にどうこうしようとか無いけどさ。この姿になって真っ先にお兄ぃさんに会いたくなったんだよね」
 そんな事をしれっと言い放たれ、アーチャーは一瞬息を飲んだ。
「どういう意味だ……」
 セタンタはスプーンを口に含んでぴこぴこ動かして、んーと何やら考え込んだ。
「どういうって言われてもなぁ、とにかく会っておかなきゃなぁって思ってさ。大人の俺は相当お兄ぃさんにご執心の様だね」
 はくり、とアイスにうずもれたシリアルを齧りながら、セタンタはしれっとそんな事を言った。
 知らず顔が火照るのを感じたアーチャーだったが、一つ咳払いをして誤魔化した。
「わざわざそんな姿になってまで人をからかいに来たのか」
 溜息まじりに言ったアーチャーに、セタンタはスプーンを操る手を止めてにっこりと微笑んだ。
「そんな事ないぞ? 今の俺もお兄さんの事は大好きだし」
 そう言って、真っ直ぐにアーチャーを見据える瞳。
 アーチャーは成人した彼も、同じ目をしていた事を思い出す。
 アーチャーは思わず顔を真っ赤にして口篭った。
「照れちゃってーお兄ぃさん可愛いーv」
「……! こ……のませガキが!」
 早く元に戻ってくれランサー。
 いや戻ったら戻ったで何かと大変だけどと頭を抱えるアーチャーであった。





43 (椎名)


 目を擦り、改めてもう一度目の前の映像を解析する。
 おかしい。
 在り得ない物が目の前に移っている。

 彼……ランサーが身に纏っている衣服。
 ぴしりとシワ一つない、真新しいスーツ姿に、アーチャーは思わず眉をひくつかせた。

「何のコスプレだ……」
 軽く頭を振りながら、アーチャーはランサーの格好を改めて眺めた。
「コスプレってお前なぁ。一応新しいバイトの正装なんだけど?」
 心外なーと言わんばかりのランサーに、アーチャーは顔をしかめて考え込んだ。
「バイト先で?」
 そうそう、と頷くランサー。
 スーツを着るようなアルバイトなど、早々あるわけでもなく。
 真っ先に過ぎった業種に、アーチャーは軽く眩暈を覚えた。
「いかん。いかんぞいくら何でもホストなど!」
 噛付かん程の勢いで言うアーチャーに、ランサーは悪びれもせずに小首を傾げた。
「別にいいだろー? 客商売ってのも結構楽しいんだぜ?」
 そういえば、彼は以前から好んで接客のアルバイトをしていたようだったが。
「だからと言って水商売とは……仮にもサーヴァントともあろう者が情けなくはならないのか?」
 別に水商売がいけないと言っている訳ではなかったが。
 ただなんとなく、女性客相手に媚びるような彼など見たくはなかっただけで。
「ひょっとしてー。妬いてんのか?」
 にやり、と不適に笑みを浮かべて言い放たれ、アーチャーは額に青筋を立ててにっこりと良い笑顔を浮かべた。
「誰が。誰に妬いていると?」
 一瞬背筋に何か悪寒が走ったランサーだったが、嫌な汗が吹き出そうになるのを何とか堪えてまぁ

 まぁとアーチャーをなだめた。
「冗談だよ冗談。ホストじゃねぇって」
 アーチャーはむ、動きを止めて、投影していた刃物を掻き消した。
「ふむ。では聞くが……どんなバイトを?」

「眼鏡屋の販売員」
 すちゃ、と何処からともなく眼鏡(無論度は入ってない)を取り出したランサーに、早とちりでからかわれたのだとようやく気付いたアーチャーが暫く項垂れていたとかいないとか。





44 (椎名)

「なぁ、そういえばお前の事、今までずっとアーチャーって呼んでたけどよ」
 何か晩御飯のおかずでも尋ねるような口調で言われ、アーチャーは何事かと身構えた。
「……何だ、唐突に」
 かしこまって尋ねたアーチャーに、ランサーはずい、と身を乗り出した。

「エミヤって呼んでいいか?」
 しれっと言われ、アーチャーは思わず眩暈で持っていた本を取り落としそうになったのを何とか堪えた。
 そんな動揺しているアーチャーの内心を知ってか知らずか、ランサーは駄々っ子の様に言い迫る。
「なーエミヤー? せっかく良い響きの良い名前なんだしもったいねぇと思うんだけどー?」
「うるさい!お前に呼ばれると変な気分になるからやめろ!」
 本を投げつけずに済んだだけ感謝してもらいたいものだ、などと思いながら、アーチャーは頭を振って少しだけ落ち着いた。
「ひど! って変な気分って何だよ!?」
「ちゃぶ台でもひっくり返したくなるような気分だが」
 真顔で即答され、ランサーはしばしじーっとアーチャーを見詰めて聞いてみた。
「それってただ単に……照れてる?」
 ジト、と見上げるように言われ、アーチャーは思わずギクリ、と動きを止めた。
「たわけ! そんな事でい嫌るか!」
 何とか反論すると、ランサーはにやり、と悪戯に笑った。
「じゃあ何でだよー」 
「分らないのなら教えん」
「なーなー。俺バカだから分らないんだけど教えろよーエミヤー?」
「……!! 絶対に教えん!」
「教えてくれるまで呼び続けてやるー」
 どうせ分っているくせに、やはりこの男は質が悪いとアーチャーは思う。

 教えてなどやる物か。 
 一度棄てたその名を、お前が呼んでくれる事が自分にとってどれだけの意味があるのか。
 今はまぁ、照れているという事にしておいてやろうではないか。





45 (椎名)


 服を買いに行くから付き合え。
 そう言われて半ば無理やり連れてこられた、とある男性用衣料品店。
 よく有りがちな薄暗い証明の、通路のやや狭い店内。
 天井のスピーカーから聞こえてくる軽快な流行曲に耳を傾ける事もなく、アーチャーは興味なさそうに展示されている品々を眺めた。
 対照的に曲に合わせて楽しそうに鼻歌など歌いながら、棚に展示された品々を物色しているランサーを見やり、アーチャーは小さく溜息を吐いた。
「まだ決まらないのか?」
 先程からかれこれもう30分程店内をうろついているが、あーでもないこーでもないと決めあぐねているようだ。
「んー、ほら、俺ってば何着ても似合うから一着選ぶのも一苦労なんだよなー」
 などと言いながら、ランサーは二着のシャツを手に取り当てて見せた。
「なぁなぁ、どっちが良いと思うよ?」
 どちらも一見あまり変わらない、黒と白を基調とした少々ゴシックな柄のプリントされた長袖のTシャツである。
「どっちでも好きな方にすれば良いだろう」
 投げ槍に言い放つと、ランサーは小さく舌打ちして呆れた様に肩を竦めた。
「分ってねぇなー。お前に選んで貰いたいから聞いてるんだろうが」
 アーチャーは一瞬何を言われているのかと眉根を寄せた。
「ほら、せっかくならお前が良いって言ってくれた方が良いし?」
 で、どっちが良い? と聞いてくるランサーに、アーチャーは漸く意図を察して思わず顔を赤らめて目をそらした。
「だからどっちでも良いと言って……」
 そこまで言うと、アーチャーは諦めたように溜息を一つ吐いて向き直った。
「私には服の良し悪しなど分らないが……どちらが好みかと言われれば……こっちだと思う」
 言って片方を指差すと、ランサーはにっと笑みを浮かべてじゃあこっちなーと片方を棚へと戻した。
「決まったのならさっさと会計を済ませて来い。夕飯の支度もあるからな」
 先に店を出ようと、アーチャーは踵を返そうとして
「あー、でもあれって売ってねぇのか? 二人で一緒に使うマフラー」
 その辺にあった棚に激突したのだった。




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