日記掲載ネタ〜槍弓編〜 13


46 (椎名)

 世は華やぐ12月24日。
 いつもよりも浮かれた雰囲気の街並みを歩きながら、アーチャーは隣を並んで歩く相手をちらと見やり、はぁと溜息を吐いた。
「何だぁアーチャー、この聖なる夜に溜息なんて勿体無いぜー?」
「誰のせいだ全く……」
 ぽつりと呟きながらも、つかつかと歩を進める。
 ちなみに二人とも、今夜結構予定の衛宮家クリスマスパーティーに使うのであろうあれやこれやを買出しに新都のデパートまで来た帰り、大量の紙袋を両手に下げていたりするのだが。
「誰のせいって……俺のせいか?」
「当たり前だ。何が悲しくてクリスマスイブに男二人で買出しなどせねばならん」
 不満そうなアーチャーとは逆に、ランサーは楽しそうに心なしか足取りも軽かった。
「いいじゃねぇか。連中も気を使って俺ら二人で買出し行かせたんだろう?」
 あまり必要のないのではないかという物までお買い物リストに含まれていたりする辺り、陰謀の気配が漂ってくるのだが。
「……よけいな真似を……」
 いやだと言うのを無理矢理追い出した家の連中にぼやきながら、アーチャーはまた一つ溜息を吐いた。
 辺りを見渡せば嫌でもデパートのクリスマス商戦対策の垂れ幕やら張り紙やらが目に付いた。
 アーチャーは暫く考え込むと、ちらりとランサーを伺った。
「……あぁ、何だ……何か、欲しい物、とか……あるのか?」
 搾り出す様なアーチャーの呟きに、ランサーは驚いたように目を瞬かせた。
「それって……プレゼントくれるって事か?」
 ランサーは思わず歩を止めて、アーチャーの意図を探ろうとしたが。
 アーチャーは照れ臭そうにぷいと目を背けて頬をかいた。
「あぁ、そう言っている。」
 ランサーは信じられないと言った表情でアーチャーをまじまじと見つめた。
「め、珍しいな、お前からそういうの……」
「普段何かと世話になっているからな……最も世話をしてもいるが……まぁこういう日ぐらい何かお礼をしても良かろう?」
 顔を真っ赤にして言うアーチャーに、ランサーはにやりと目を光らせた。
「じゃあーお前」
 び、と人差し指立ててにっこり笑みを浮かべるランサー。
 は、と気付いた時には時既に遅く。
 怒りの鉄拳が飛んで来るかとランサーは冷や汗を掻いて身構えた。
 が。
 アーチャーはうつむいたまま押し黙っているだけだった。
「あの、アーチャー?」
「いない……のか……?」
 聴覚の良いランサーでもはっきりと聞き取れない程の声で、アーチャーはポツリと呟いた。
「アーチャー……?」
「普段から……満足していないのかと聞いている……!」
「そっちかー!?」
 ランサー、久しぶりの嬉しい悲鳴であった。





47 (椎名)


突然であるが。
現在衛宮家の居間、主にテレビの前地帯は、食事時並に人口密度が濃くなっていた。
格闘技の人気が定着してテレビでもよく放送されるようになって久しい昨今。
女性率の高い筈の衛宮家ではあるが、闘争心の旺盛な女性が集まっているせいか、よくよくテレビの前であぁでもないこうでもないと言いあいながら観賞する機会が増えている。
「あーおしい!今のキメられたじゃないのよー!」
「む、あの青い方の挑戦者、あの姿勢からあれだけの蹴りを打てるとは。賞賛に値しますね」
「くうー血が騒ぐー! 剣道三倍段の論理を証明してやりたいわー!」
「いたそーでも面白ーい!」
「がんばれーまだまだ逆転できるぞー」

何故かナチュラルに紛れこんでいる青いのも含め、面々それぞれ見所が違うらしい。
放っておいて自分もテレビに集中する事にする。
試合はいよいよ終盤。
最終ラウンドまで持ち込まれ、互いに満身創痍なのが見て取れる。
おそらく両者共にほぼ気力と勝利への執念だけで拳を振るっているのだろう。
実力だけなら、やはり赤のチャンピオンの方が一枚上手だろうか。
序盤から上手いこと挑戦者の粘り気のある攻撃を掻い潜り、彼を世界の頂点へと伸し上げたその足でじわじわと相手を追い詰めている。
対する挑戦者も、チャンピオンという座に対する思いなのだろう。
何度打たれても蹴られても、屈することなく果敢に挑む姿勢は男ならずとも心動かされる物がある。
……と言っても、私が見るのはその様な所ではなかったが。
何せ彼らは、戦う事を生業とする者達であり、言ってみれば格闘のプロなのだ。
永きに渡る修練に鍛練。
努力の果てに研ぎ澄まされたその動きには実に無駄がなく、白兵戦においては絶大な力を誇る。
そこから学び取れる物も決して少なくはなく、彼らの試合を観察する事は戦闘において良い参考となった。

知らず、賑やかな周囲を他所にやたらと真剣に画面へ見入っていた。
こういう時、顎の辺りへ手を添えてしまうのは生前からの癖だ。
まぁ、それでどうという事もないのだから別に直そうとも思ってはいないのだが。
……一瞬、視界の片隅に青い奴の視線を感じたが、大して気にも留めはしなかった。

夕食の後、片付けを終えて各々のんびりと夜が更けるまでの時間を楽しんでいるころ。
居間で新聞でも読もうかと廊下をうろついていたアーチャーは、庭に何やら一つ気配を感じて歩みを止めた。
「……ランサー?」
どうやら素振りをしているらしく、振り上げられた両の腕には、彼の愛槍が具現化されていた。
頭上で一度、二度と赤い魔槍が閃めき、ひゅん、と空を切る音が辺りに小さく響く。
その動き――月明りに照らされたその姿に、思わず一瞬息を飲んだ。
「……はぁっ!」
気合一閃。
鋭い声と共に、振り下ろされた槍が夜風を凪いだ。
そこまでで一連の動作は終わりなのか、今度は静止画のようにピクリとも動かない。
束ねられた長い髪が、夜風を受けてゆらりと流れた。
「……ふぃー」
一息吐いて姿勢を緩めると、既に気が付いていたというようにランサーはこちらへ視線を向けた。
「よぉ、暇そうだな」
「放っとけ。遊び人」
反射的に返しつつも、先刻の動揺を悟られまいと必死になってしまう辺りが少々情けなかったが。
「で、何か用か?」
気だるそうにランサーが槍を下ろすと、矛先がかつ、と敷石に当たって乾いた音を一つ響かせた。
「別に。通り掛かりに珍しい物が見えたので足を止めただけだが」
……概ねウソは付いてはいないだろう。
……いないだろうが、しかしランサーは嫌味たらしい笑みを向けてきた。
「ま、いいけどよ。何ならちょっと付き合わねぇか?」
何が良いのかは知らないが、突然何を言い出したのか読み取れず、私は小首を傾げた。
「何に付き合えと?」
言うとランサーはにやり、と歯を覗かせた。
「もちろん」
それ以上は言葉も要せじと、ランサーは槍を手にした腕に力を込めた。
「さっきの試合を見ていたらどうにも落ち着かなくてなー。どうだ? 魔力は込めない只の打ち合いってのは」
――まず――胸の奥で確かに感じたのは期待。
知らず、口の端がゆっくりと吊り上る。
「いいだろう。悪いが、手加減は出来んぞ?」
「上等」
このやり取りの間にも、私は一対の夫婦剣を具現化させて構えを取っていた。
互いに不敵な笑みを浮かばせ、じりと足の動きを牽制する。

「あー、そうそう、俺が先に一本取ったらお前の部屋に泊めて貰うからなーv」
「たわけぇぇええ!!」

ちなみにこの不毛な打ち合いは、何処かの赤い悪魔が騒がしいとガントで止めに来るまで続いたのだった。





48 (ペキ)


彼のアイルランドの英雄にとって、団欒での食事と言う物は、イングランドの某英雄とは少し違った意味で重要な物である。
彼は『同じ釜の飯を食う間柄』というものを、同じ共同体で過ごす際に生じる仲間意識以上に、一つの信頼関係の表れだと解釈している。
敵であれなんであれ目下の物からの食事を断る事が出来なず、生前はその誓いによって窮地に追いやられた彼にとって、食事とは文字通り相手に命を預けるのと同義だった。
例え食に対するゲッシュがなかったとしても、体内へと入り命の糧となる食物を一つの釜から取り分けるという行為が、お互いを信じあっていなければできない事だと言う認識は変わらなかったであろう。
それは決して大げさなものなどではなく、彼の英雄が生きた時代は、食事に毒を盛られると言う事が珍しくない世界だったのだから。


そういった意味でもそれ以外でも、ランサーは衛宮家で供される食事――特に赤い青年が作る食事に、全幅の信頼を寄せていた。
自らの口に入る物を作成している相手への信頼はいうに及ばず。
弓兵の手から作られる食事はもはや一種の感動さえ覚えるほどの出来栄えであり、嗜好的な面でもアーチャーへの信用は増すばかりだった。


しかし、今日この日。
その信頼が、音を立てて崩れていくような光景を、目撃してしまった。


アーチャーがいつものように作っている、味噌汁。
衛宮家の人数に合わせているため、一際大きな寸胴鍋によって作られている、その見慣れた光景。
しかし寸胴鍋で作っている味噌汁とは別に、アーチャーは何故か少し小さめの手鍋でも味噌汁を作っていた。

その横に。



――なぜか、ふたの開いた某乳酸菌飲料が。





某乳酸菌飲料。別名ヤ○ルト。
野球チームの名前にもなっている、アレである。

無論、その容器が台所にあるのは、別におかしなことではない。
例え小鍋の直ぐ隣であろうとも。まだ中身が半分以上残っていようとも。
誰かが飲んだ物が、そのまま残っているのだと考えれば。


だが、悲しいかな、ランサーには分析力と言うものがありすぎた。




一つ、アーチャーに限らず、誰かが料理をしている最中は、料理をしない家人は原則として台所に立ち入り禁止であること。
一つ、アーチャーが料理中に料理以外――たとえば、某矢来る戸を飲んだり――をする事はほとんどないということ。
一つ、誰かの飲みかけだろうが何だろうが、邪魔な物を放ったままアーチャーが料理をするはずがなく、すなわちキッチンに出されているものは【料理に関係のある物】だということ――!!



――マジか。マジなのか。入っているのか、それに。コレが。ありなのか。


ランサーの背筋に薄ら寒いものが走った。怖気とも恐怖とも付かない、得体の知れない寒気だったが、とにもかくにもいい物ではないことだけは分る。
心中はアーチャーを問い詰めたいが、かと言って事実を確定してしまうのも恐ろしい気がして、ランサーはらしくもなく後ずさった。
ああ、このまま何事も見なかった事にして去ってしまえば、アーチャーの食事を信頼したままでいられる。そう、自分は、何も、見なかっ――



「ああ、丁度良かった、ランサー。是非味見して欲しい物があるのだが…………」


 しかし まわりこまれて しまった!


いつもと何ら変わりのない笑顔……そう、いつも通り、何かよからぬことをたくらんでいる時にしか見せない、しかし眩しくもさわやかな笑顔で、アーチャーが味噌汁の椀を差し出す。


「少々『冒険心』をだして、『新しい味にチャレンジ』してみた。
 できれば、是非君に『誰よりも先に』飲んでみてほしいんだ」

言葉の端々に、引っかからずにはいられない単語が混じっているのをランサーの耳は聞き逃さなかった。
内心聞き逃したかったが、その言葉の裏に隠されている意味までキッチリと聞き取ってしまった。

意訳 【ちょっと遊んで変なもん入れたんだけどとりあえずお前味見しろや】

ランサーの額を、冷たい汗が流れる。
彼の脳裏に、ちらりとゲッシュが過ぎった。
『目下のものからの食事の誘いを断らない』――ランサーにとってアーチャーはすでに目下ではなく、対等な存在とみなしている。
よって、ゲッシュを破った事にはならない。
後は純粋に、その差し出されたものを如何したいか。選択に必要なのは、それだけだ。
飲むべきか、飲まざるべきか。To Be or Not to Be.もしくはLIVE OR DIE.


――そんなモン、決まってんだろ。




かくして英雄は選択する。







「…………」
「どうだ?」
「なんか、想像したよりいけるな。甘い味噌使ってるみてぇ。後ちょっともったり?」
「まぁ、元々味噌には乳酸菌が含まれているからな。たいした違和感はないだろう。
 多少酸味が入ってしまうが、まぁそれは許容範囲か。味噌汁椀一杯につき小さじ2杯くらいがベストだな。
 甘めが好きなら大さじ一杯でもいいだろう。ああ、少々かき混ぜてから飲んだ方がいいぞ。底にヤク○トが沈殿してしまっている場合もあるようだ」

まぁ甘味噌の代用品レベルくらいの味でしかないが、改良の余地はあるな、などと呟く弓兵。
何処を如何やって甘味噌の代用品にヤク○トって発想? と心底不思議に思ったが、そこはきっと触れてはいけないアーチャーの秘密の場所だと思う事にしてスルーする槍兵。



まぁつまりは。
多少の遊びになら付き合ってしまうほど、蒼い青年は赤い青年と彼の作る食事に、信頼を置いているらしかった。





「では次は、乳酸菌との相乗効果を考えてコレに更に納豆を――――」
「それやったらオレマジで卓袱台返しするから!!!」





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