日記掲載ネタ〜槍弓編〜 14


49 (椎名)
「アーチャー!温泉行こうぜ温泉!」
「な、何だいきなり……」
「ちょっと遠出してよ、のんびり温泉旅館で一泊旅行とかさ。どうよ?」
「どうよ、ってどうもこうもそんな余裕ないだろう」
「うー、久しぶりに広い風呂に入りてぇ」
「悪かったな、狭い風呂で」
「そうは言ってないだろー。それに温泉だから良いんだろうが」
「まぁ、確かに悪くはないが……」
「何渋ってんだよー。好きなんだったらいいじゃねぇか」
「下心が丸見えな奴にそう言われてもな……」
「あ、分るー?」
「一人で銭湯でも行ってろ!」





50 (椎名)


空を見上げる。
昨日から引き続き、生憎の曇り空。
風が少し強いらしく、雲の流れが速い。
ゆらゆらと揺らめく雲の隙間、ちらちらと覗いては消える微かな月明かりを、ランサーは何をするでもなく屋根の上から眺めていた。
折りしも、今日の日付は7/8日。
昨日の夜は七夕というアジアの一部特有のイベントだったという事で、古風なイベントを大事にする衛宮家ではささやかながらも笹の葉を飾り、気合の入ったメニューでちょっとした宴会が執り行われたのだったが。
そのイベントに纏わる、哀しくも美しい恋物語を聞かされたのは、昨日の宴の席での事だった。
その時は出された料理が上手かったのと、周りが願い事だの何だのの話で良い感じで盛り上がっていたせいで特に何の感慨も浮かばなかったのだが。
こうして曇り空を見上げ、空の上の恋人達の事を思うと妙な溜息が出てしまうのだった。
「一年に一日だけか……オレなら耐えられねぇかもなぁ」
天を流れる川に引き裂かれた織姫と彦星。
一年に一度、七夕の一日だけ会うことを許された恋人達は、どんな思いでこの日を過ごすのだろうか。
想い人と引き裂かれる苦しみなら、ランサーも良く知っていた。
だからきっと自分なら、そんな運命に甘んじる事など出来ず、あがいてあがいて身を滅ぼそうと恋人を取り戻しに行く事だろう。
実際彼の恋路は常にそんな波乱に満ちた物でしかなかったのだが。
「うん、オレって愛の戦士だし?」
くく、と喉を鳴らして呟くと、
「単に節操が無いだけだろう、駄犬が」
自分を見下ろし放たれた声が、ランサーのセリフをばっさり一刀両断してくれた。
「うっせぇ。人がせっかく物思いに耽ってるってのに邪魔すんなっての」
うんと伸びをして横になっていた身を起こし、ランサーはあふ、と欠伸を一つ。
「で、何か用かアーチャー。まさかそんな皮肉言う為に来たんじゃねぇだろ?」
じっとりと肩越しに言い放つと、背後の相手は皮肉に口元を歪ませた。
「何、珍しくアンニュイとは程遠そうな人物が屋根の上で溜息なんぞ吐いていた物だからな。何事かと思って来てみただけなのだが」
「悪かったな放っとけ覗き魔」
むす、とランサーは言った勢いのままあぐらを掻いた。
流れる雲に、一時月が姿を現わした。
「なぁ、ちょっと付き合えよ」
言って自分の隣をとんとんと手で叩き、座る様に促すランサー。
「む?」
渋るアーチャーに、ランサーはどうせ暇なんだろう、と挑発的に笑う。
「まぁ、少しならな」
どか、とランサーの隣に座り込み、深く息を吐くアーチャー。
その様子を横目に見つつ、ランサーは満足そうに笑みを浮かべて再び空を見上げる。
「七夕ってさ、邪道だけど良いイベントなんだな」
唐突にランサーの言った事の意味が直ぐには飲み込めなかったらしく、アーチャーは一瞬目を瞬かせた。
「邪道、か。確かにな。他人の不幸に便乗して願い事を叶えてもらおうなどと図々しいにも程があるイベントだがな」
「へぇ、珍しく意見が合ったじゃねぇか」
「不本意ながらな」
ふん、と自嘲気味に鼻を鳴らすアーチャー。
「まぁ、この国は単純に祭り好きだからな。自分達の悲劇を神聖な日に昇華させてやったと思えば、当の本人達は幸せなのかもな」
何の気無しに感想を述べたランサーの言葉が意外だったのか、アーチャーは思わずほぉ、と声を漏らした。
「お前ならそんな不謹慎なのは気に入らないと言うかと思ったんだが。意外だな」
空を見上げるランサーの横顔をちらと見つつ、アーチャーも雲に見え隠れする月を見上げた。
「いいんじゃねぇの? 事実あの話には、七夕が雨ならばカササギがアマノガワに橋を架けて渡してやるって救済措置まで作られてるんだろ?人間は基本的にハッピーエンドが好きなんだしよ。そこに願いを掛けるってのは、悪い風習じゃねぇと思うぜ?」
ひゅう、と風を切る音が頬を掠める。
あぁ、そういう考え方もあるのだな、などとアーチャーは思う。
何故なら、願い事など自分にはとうに――
「ふん、所詮紙に書いた願い事など、ほとんどが叶えられる訳ではないと分っている無神論者でありながら戯れに願い事を短冊に託す。愚かで不毛なイベントだと思うがね」
皮肉と自嘲の込められた声に、ランサーは一瞬む、と口を噤み、しかしすぐに諦めの滲む溜息を吐いた。
「ほんと、ドライなのなお前」
「ほっとけ」
自分でも重々自覚しているのだろう、ふん、と面白くなさそうに吐き捨てるアーチャーに、ランサーはやれやれと肩を竦めた。
「そうだな。あぁ、けど、オレの願い事なら、お前でも割と簡単に叶えられるって言ったら、どうする?」
「……え……?」
思わずランサーに顔を向けるアーチャー。
ランサーの手が、頬に触れたかと思うと、次の瞬間には軽く唇が触れていた。

「……な、な……!」
悪戯を成功した子供のようにくくくと笑いをかみ殺すランサー。
一方のアーチャーは、それはもう思考がカット状態で。
しかしその混乱した頭の片隅で、あぁ、そういえば昨日笹に掛けられた短冊の中で、見た瞬間あまりの戯けっぷりに思わず破り捨てたのが一枚あった気がするなぁ、などと思い返すアーチャーだった。
「な、願い事叶ったぜ?」
に、と笑みを浮かべたランサーの愉快そうな笑顔に、アーチャーは何かがぷちんと弾けた音を聞いた。
「く……ぉんのたわけがぁぁぁあ!!!」

ばき、だかぼき、だか。
鈍い音と共に、ランサーが流れ星になったのは、言うまでもない。

ランサーは言う。
ざまぁみろ、願い事、叶っちまったぞ、と。
そう。
引き裂かれたまま、なんてのは趣味じゃない。
どれだけ掛かろうと構いはしない。
何度でも、何度でも取り返そうと手を伸ばしてやれば良い。
たとえそれが、世界だとか神サマ相手だとするなら、それはきっとやり甲斐がある事だと、ランサーは思うのだ。





51 (椎名)


 正直、これほど自分の耳を疑ったのは久しぶりだ。
 いやまぁ、あいつは時折突拍子もない事をやって退ける奴ではあるが。
 今アーチャーが言った事は、今まででもベスト8には入る内容だった。
「あー、アーチャー、今何て?」
 あまりにも驚いたんで思わず聞き返しちまったじゃねぇか。
「だから……星を見に行かないかと言ったんだが」
……うむ、聞き間違いではなかった様です。
 寧ろオレの方から誘おうと思っていたくらいだったんだが。
 何でも今日はナントカ流星群とやらが接近して、運が良ければ多くの流星が見られるかもしれないんだとか。
 そんな天文ショーの一台イベントに、こいつを誘い出さない手はないワケで。
 しかしどう言い包めて連れ出そうか考えていた矢先の申し出に、少しどころかかなり驚いてしまった。
「それは望む所だけどよ……お前そういうのあまり興味ないんじゃなかったか?」
 はっきり言って人一倍ろまんちすとであらせられますこのお方は、その反面こうした一般的なロマンチックな行事という物にはあまり乗り気ではないのだ。シャイボーイめ。
「前までの話だろう。それより、行くのか、行かないのか?」
 そう不機嫌に問われては、自分としては首を立てに振って黙って着いて行くしか無いのだが。
「行くって。 すぐ仕度してくるから待ってろ」
 言ってオレは足早に部屋に戻ると、適当に部屋着を着替えて先に外に出ていたアーチャーを追いかけた。


「で、何故センタービル屋上……」
 真夏の夜とは言え、流石にこの高度までくれば吹く風も強く。
 うっすら汗ばみそうな程の熱風を全身に受けながら、オレとアーチャーはこの辺りで最もお空に近い場所の縁に並んで腰掛け夜空を見上げていた。
「視界が開けた場所の方が良く見えるだろう」
 何か問題でもと言わんばかりにさらりと言うアーチャー。
「まぁな。てっきり公園にでも行くのかと思ったけどよ」
「……あそこは人が多いだろうからな」
 なるほど。わざわざこんな所まで不法侵入してまで見に来る奴は早々居ない。
 お陰で今この場所は、オレとアーチャーの二人っきりである。
 しかしこんな都会の夏の夜でも、月の明かりが少なければ思った以上に星が多く見える事に少し驚いた。
 それでも、オレが元々居た時代に比べるべくもないのだが。
「お、一つ流れた」
 オレにとっては流れ星なんて珍しくも何ともないのだが、アーチャーはここに来るまでもちらほら見えた流星一つ一つに、興味深そうに見入っている。
 オレの時代では、流星はただの星読みの材料の一つでしかなかったが、ここではこんな特別な日でもなければ滅多に見る事が出来ないらしい。
 そのせいか、人々はこのレアな現象に願い事をするなんて習慣があるくらいだ。
「しかしほんと驚いたぜ? お前が流れ星見に行こうなんてな。お星様にお願いーなんてガラじゃねぇだろ?」
 からかい交じりに言うと、アーチャーは一度目を瞬かせて苦笑した。
「確かにな。最も、今でもそんな事など無意味だと思っているがね」
 なんて事を言うと、後ろ手に床に手を突き寄りかかるように姿勢を倒した。
「ふーん、じゃあ何だって誘ったんだ? 何時もの気まぐれか?」
 アーチャーの言い分に少しだけ引っかかる物があったが、何時もの事なので気にしない事にして話を続ける。
 これもまぁ、ほんのからかいのつもりだったんだが……
「そうだな……私にも星に託したいささやかな願い事が出来たのかもしれんぞ?」
 そういってくすりと笑ったアーチャーは、酷く穏やかな表情で空を見あげていたもんだから。
「……それってよ、オレには聞かせてくんねぇの?」
 なんて事を思わず口にしていた。
 アーチャーはじとりと目を細めるだけで。
「死んでも教えるか。たわけ」
 まぁ、何となく分かってたんだけど。
「ふーん、じゃあオレは、お前のそのささやかな願い事が叶うように流れ星にお願いでもすっかね」
 言って俺は、ゴロンと床に仰向けになった。
 こうしてみる夜空は、何時の時代も変わらず吸い込まれそうな深い闇。
 まばらにしか見えない星々がちょっとだけ寂しい気がしたが。
 ちらりと見上げたアーチャーの顔が、少し面食らったようだったから。
「何だよ、そんな驚く事かぁ?」
 うん、と伸びをしながらそう問えば、
「……いや、お前がそれを祈ったのでは少し意味が無いような気がしてな……」
 妙に朱の差した横顔が返って来て。
まぁ、オレももう少しだけ自惚れて良いのかな、などと思ったりしたのだった。





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