web拍手ネタ〜弓士編〜 6


20 (椎名)

 するり、と首筋を指先でなぞられて、背筋を走ったぞくりとした感覚に思わず身を震わせた。
 心臓が跳ね上がる速度が急速に増して。
 しかし背後から自分の肩を抱きすくめる相手は呼吸一つ乱れていない。
 まるで小動物にでも触れるような穏やかさで自分の髪を撫でてくる。
 笑みさえ――それも皮肉の一つも混じらない、柔らかな微笑を浮かべるのがやけに癪に触った。
 それに比べて自分の余裕の無さが、何だか情けない。
 と。
 突然、肩にアーチャーの前髪が触れたそわりとした感覚があったかと思った次の瞬間。
「!?」
 いきなり背中に、奴の鼻先が押し当てられた。
 服の上、布越しである筈なのに、直接触れた様な錯覚。
 悲鳴にもなっていない悲鳴を上げて、俺は身を強張らせた。
 それが可笑しかったのか、アーチャーはくすりと笑って……
 あろうことかチロリ、と肩を舐めてきた。
 頭が一瞬空白で塗りつぶされる。
 が。
 逃げる……訳には行かない。
 なぜならこれは――
「どうした? 無理をせずに降参しても別に罰ゲームなどないのだが?」
 妙に優しい、わずかに皮肉を込めた少し粘つく声で囁く様に言うアーチャー。
「わ、分かってる! まだぜんっぜん平気だっての!」
 そう。
 ほんの気まぐれ……否、ほんの対抗意識だけで乗ってしまった勝負なのだから、まさかこれぐらいで逃げ出す訳にも行かないのだ。
 きっかけすらももう曖昧で、何が原因でこんな事になったのかも朧気だけど。
 とにかく現在、お互いのご奉仕≠ノどれだけ耐えられるか、なんていう実に無謀かつ不毛で無意味な勝負の真っ最中、なのである。
「ふむ……しかしな衛宮士郎」
 しかし困惑するこっちの思考なんてお構いなく。
 アーチャーは困ったと言った様子で顔をしかめ、
「そんな可愛らしい反応をされると……その気になってしまうかもしれんぞ?」
 そんな事を耳元で囁いたのだった。





21 (椎名)

 その日は酷く風が強かった。
下手をすれば本当に人間でも吹っ飛ぶんじゃないかってぐらいの突風が吹き荒れて、まともに前を向いて歩けない程だった。
 で、そんな日に限って、いつもならストックを置いてある筈の日用品を切らして仕方なく買い物に出る用事が出来たりする訳で。

 買い物を終えて帰宅する道すがら、商店街を抜けて人通りの少なくなった通りに差し掛かった時、悲劇は起きた。

「いったー」
 巻き上げられた砂だか埃だかが目に入ってしまい、その予想以上の痛みに思わず声を上げた。
「どうかしたのか?」
 隣を歩いていたアーチャーが、大して心配などしていないくせに顔を覗き込んで来る。
 ちなみに持っている荷物の配分は、俺がぱんぱんに膨らんだスーパーの袋を両手に持っているのに対して、アーチャーはまだ余裕のある袋が一つに紙袋が一つだけである。
 筋力で劣る俺の方が多く持ってるのは、まぁ俺が変に意地を張ってるだけなんだけど。
「いや、ちょっと目にゴミが入っちまっただけだ」
 気にするな、と言った所で、目を擦ろうにも両手が重たい荷物で塞がっているのでは仕方がない。
 取り合えずゆっくりと目を瞬いてみて、それでどうにかならないか試みてみるも無理だった。
 まぁ家まではすぐそこだし、帰るまで我慢して行こうと諦めて歩き出そうとしたとき。
「見せてみろ」
 不意に、問答無用であごをぐいと上げられたかと思うと、真正面から覗き込んできた顔が一気に接近した。
「お、おい!」
 気がつけばいつの間にか紙袋を小脇に抱え、ビニール袋を手首に掛けて手を空かせたアーチャーが俺の頬に手を当て眼の下の窪みをぐぐ、と引っ張り赤目を向かせていた。
「目にゴミが入ったのだろう? ……と、これか、これはまた随分と器用な」
 痛む箇所から察するに、どうやら目に入ったゴミは予想以上に大物で、しかも性質が悪い箇所に入り込んでしまったようだ。
 ってそうじゃなくて。
「動くなよ」
 そう聞こえたが早いか、おもむろに視界に迫るアーチャーの指先。
「!?」
 慌てて眼を閉じようとしたが、押さえ付けられていたのでそれも適わず。
 触れたかと思った瞬間、痛みはなく微かな感触だけが残った。
「取れたぞ」
 ふぅ、と小さく溜息を吐いて手を離すアーチャー。
 何が起きたのか呆然をしていると、見慣れた皮肉な笑みが向けられた。
「何、霊体化して目に着いていた砂粒に触れる箇所だけ実体化させて取っただけだ。目には直接触れていないから安心しろ」
「あ、あぁ」
 なんと便利な簡易ピンセット。
 うっかりコンタクトレンズとか落としちゃってもソフトタッチで拾えるぞ。
 霊体化とはいえ、目に一瞬こいつの指が食い込んでいたのは少し奇妙な感じだけど。
 いや、うん、それはまぁいい。すごーく助かったんだけど。
「……いつまでそうやってんだよお前……」
 声を掛けなけれいつまでも人のほっぺた掴んだまんま見下ろしてきそうだったんで、堪え切れずに抗議すれば、アーチャーはにやにやと怪しい笑みを浮かべてむに、と頬を軽くつねった。
「涙目なのが可笑しくてついな。人気がないとは言え流石に路上は気が引けるか」
こいつ……ぜってー何か変な想像……いや、妄想してやがった……!
 俺が呆れていると、アーチャーはスタスタと先を行ってしまった。
「念の為だ、後で目薬でも差しておくんだな。ほら、突っ立っていると置いて行くぞ?」
「待てこの……!」
 こういう時何て罵ったら良いんだっけ、えーと、不忠者……なんて言うかな、いや何か違うし、なんて考えつつ、小走りに先を行くアーチャーの後を追い掛けた。
 取り合えず、帰って荷物を冷蔵庫にしまったら逃げる準備でもした方が良い、かもしれない。
 




22 (イラスト:ペキ 文:椎名)

 遠く微かに響く祭囃子。
 今年も夏祭りの時期がやって来て、祭り好きなこの街の住人達を筆頭に、会場の神社では午前中から賑わいを見せていた。
 日中のジリジリとした暑さの残る午後4時。
 日が暮れてから行われるささやかな花火大会に会わせ、衛宮家でもそろそろ祭りに繰り出す事と相成った。
 自分もささやかながら、年に一度この時ぐらいしか着ないであろう浴衣に袖を通し、わいわいきゃいきゃい賑やかに準備中の女性陣の仕度が終わるのを待つ。
 遠坂が桜にかわいらしい花のカンザシを差してあげていたり、セイバーがイリヤの髪を上げてやっている光景は何とも微笑ましい。
 しかし次第に大和式完全武装へと身なりを整えて行く何れも負けず劣らぬ美女集団に男一人という空間が居心地が悪くなり、
「先に外で待ってるからなー」
 とだけ言い置いて、逃げる様に玄関へ。
 押入れの箱から引っ張り出してあった下駄を履き、そそくさと外へ飛び出して。
「あ」
 おそらく同じ理由であろう、先に外に出ていたアーチャーの後姿が視界に入り――
「なんだ、仕度はもう良いのか?」
 言って顔を上げ――凛としたその立ち姿は何時もの赤い武装でもラフな格好でもなく。
 白地に青い花をあしらった上品な浴衣姿に、驚く事も忘れて目を奪われていた。
「どうした。そんな所で止まっていては迷惑なだけだと思うのだが」
「あ、お、おう……?」
 しどろもどろに返事を返しつつ、下駄を軽く鳴らして鼻緒を挿げる。
「? 女性達はまだかかりそうなのか」
「え? あぁ、もう殆ど終わってるからそろそろだと思うけど」
「まぁ、女性の仕度というのは得てして長びく物だからな」
 向き直って腕を組んだアーチャーも、よほど待ちくたびれていたのだろう、やれやれと深く溜息をついた。
 しかしそんなアーチャーをよそに、こっちは普通に話している積もりでも、内心では平静を装うので必死だったりするのだが。
 何に動揺しているのか良く分からなかったが、とにかく相手に悟られないか妙な緊張に苛まれていたら、タイミング良く仕度を終えた女性達が玄関からぞくぞくと現れてくれ。
 気が少し緩んだのか、わいわいと賑わう女性陣とは対照的に俺は一人ぐったりと肩を落とした。
「あら、アーチャー意外と似合ってるじゃないの、浴衣姿」
 早速新しい獲物でも見つけたようににやりと目を光らせて、遠坂はアーチャーににじり寄った。
「な、なんだ凛、私は霊体化して付いて行くからと言ったのにどうしても着ろと言ったのは君だろう」
 どうやらそう言う事らしいです。
「ふふん、まぁ素直に着るとは思わなかったけど。でも似合ってるんだから良いじゃない。ねぇ、士郎?」
「へ!?」
 遠坂さん、急に振られても困ります。
「あっらー?」
 今度は先ほどアーチャーに向けたのよりも陰湿な笑みを浮かべて遠坂さんこちらに顔を寄せる。
「士郎ぉ、ひょっとしてアーチャーに見惚れちゃったぁ?」
「ばっ! 何言ってんだよお前っ!」
 こういう反応してしまう時点でもう負けなんだろうって事も分かっているのだが仕方あるまい。
「ふふふふー、まぁいいわ、遅くなっちゃうから早く行きましょ」
 言われ視線を移せば、既に待ちきれないのか、こつこつと草履の音を鳴らして小走りに先を行くイリヤに、それを追いかける他の皆の姿。
 セイバーがこちらに向かって早く来るように促す声に答え、一つ深呼吸してどうにか落ち着きを取り戻そうとして。
「何をしている。置いて行くぞ?」
 そう振り返った奴の後姿に、やっぱり落ち着けなんてしなかった。







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