合鍵〜弓士編〜 (ペキ)


「ほら、これ」

差し出された、手の中には、銀色に鈍く輝く、その。





聖杯戦争が終わり、この地に受肉して残る選択をして数日。
記憶の多くは依然磨耗し、にぎやかな生活はまだ少し照れくさいが。
それでも、少しずつの日常と幸せは。
この身に早くも馴染み始めていた。


買い物に出てくる。
出かける時、鍵はかけておいてくれてかまわない。

別になんと言うことはない。
エンゲル係数が極めて高くなったこの家の財政を何とかするため、衛宮士郎達学生が買出しに行くことの出来ない朝市に赴こうとしただけ。


靴を履き、衛宮士郎にそう告げて出ようとすると。

「あ、アーチャー、ちょっとまて」

と、呼び止められた。
こちらが用件を問いただす前に、衛宮士郎はさっさと居間に引っ込んでいく。
そしてがさがさと何かを探索した後、すぐに戻ってきた。


「ほら、これ」

そう言って、こちらに手の中の物を差し出してくる。
手の中には、銀色の、赤い紐の付いた物体。

鍵だ。

「お前の」

そういって、こちらに放ってくる。

私は銀の放物線を描くそれを受け取る。
改めてみると、ソレはこの家に1対だけあるスペアではないオリジナルの鍵だと言うことが分かった。

「鍵、まだ渡してなかったから」
「……別に、必要ない。
 忘れたのか? 私は投影が可能なのだ。 鍵をいちいち持ち歩く必要はない。
 だいたい、他人の合鍵にオリジナルキーを渡す馬鹿がどこにいる?」

随分と無用心なものだな。
軽口を叩きつつ、手の鍵を放り返そうとすると。

「その鍵はお前のだ」
むっとした表情で、ヤツがそれを押しとどめる。

「"他人”じゃない。この家は、お前の家だろ」
分かりきったことを言わせるなといった表情で。
衛宮士郎は、告げてきた。





――この家は、お前の家だよ。――

そう、ソレは、誰の言葉だったか。
あれは、いつだったか。

磨耗した記憶の中に、一つ二つと、懐かしい言葉と光景が浮かぶ。

そう、確か、「オレ」が引き取られて間もないころ。

■■ツグに、鍵を渡されたのだ。
二つのオリジナルキーのうち、片方を彼がもって。
もう片方を自分に渡して。
『絶対に無くしちゃダメだよ、士郎』
そういって笑った。

そんなこと分かっている。
鍵を無くすなんて、そんな無用心なことしないよ。

そう返した自分に対し、彼はなんと言ったか――





「おい、聞いてるのか?」
「――あいにくと、お前の声は随分と耳に響くのでな。 聞きたくなくても聞こえている」

全く別の思考に没頭していても、こういった言葉はきちんと口をついて出るのだから不思議だ。
思ったよりも、こういった性格のゆがみが、板についてしまっているのかもしれない。

「要するに、この鍵をぜひ私に使ってほしい、と。そういうことだろう?」

ニヤリ、と笑ってやると。
案の定、ヤツは顔をわずかに赤くして、怒りで肩を振るわせた。

『うるさい! そんなに言うなら、使わなくたっていいさ!』

てっきり、怒りに任せてそう叫んでくると思ったら。



「……そうだよ」


予想外の返答が帰ってきた。

肩を震わせ、顔を朱に染め、しかし怒りをこらえているのとは又違う表情で。
うつむきながら衛宮士郎は続ける。

「その鍵は、お前の鍵だ。 
 お前が使うためのものなんだから」





――この鍵は、■■■が、使うためのものなんだよ――



耳に遠くよみがえる声。





衛宮士郎は、うつむいたままもう一度繰り返す。

「その鍵はお前が使うための鍵で、この家はお前が帰る家だ。
 だから、投影なんかしないで、ちゃんと帰ってきた時はそれ使えよ」

約束だぞ、と。
少年は小さく、かすかに呟きを付け加えた。




 
――ここは、僕達が帰る家だ――



磨耗していた記憶が、霧のかかった記憶が、だんだんと鮮明になっていく。

ああ。
そう、約束だ。
同じ鍵を持つ。家の鍵を。
それは、絶対なくしてはいけないもの。
軽々しく、いくつも作ってはいけないもの。

なぜならソレは。

――この鍵を持っていれば、僕はここに帰れるだろう?
   鍵はね、士郎。
   家族と、大切な人と。必ず同じ家に帰ると言う、約束なんだよ――




『大切な人との、帰る場所が同じと言う、約束の証だから』




自然と、笑みがこぼれてくる。

「なるほど、了解した」

そういって、鍵を丁寧に胸ポケットにしまう。
目の前の士郎は、突然態度を変えた私に随分と驚いた顔をしていたが。

「約束だからな」

そう言うと。
よりいっそう顔を真っ赤にして、
「さっさと行ってこい!」
廊下の奥へと走り去った。


赤毛の後姿を見送った後、含み笑いを浮かべているのを自覚しながら、戸を出る。

商店街方向へと歩きながら、ふと、胸ポケットの鍵に触れてみた。
ひんやりとした銀の触覚。
そこには。

もうとっくに削れてしまったはずの記憶と、帰る場所と、約束と。
それらがもう一度、この胸の銀にあふれていた――




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