日記掲載ネタ〜弓士編〜 1


1 (椎名)

「アーチャー」
「・・・・・」

不機嫌である。

「なんだよ、そんなに怒らなくてもいいだろ?」
「…別に怒っている訳じゃない…」

明らかに不機嫌である。

「ほらやっぱ怒ってるじゃないかー!」
「怒ってない!怒ってないがな…何が悲しくてお前の服を借りねばならん衛宮士郎!?」
「しょうがないだろ?台風の影響で雨続きだったんだしそれしかなかったんだから…」
「だからといって…なぜお前まで同じ服を着る必要があるのだ!?というかなぜ同じ服が二着ある!?」

それはほら、都合により?

ふと、悪戯を思い付いた子供の様な目をして、士郎はじーっとアーチャーを見つめた。
「…な…なんだ…何を企んでいる?」
「…アーチャー…髪の毛綺麗な白だよな…」
「なにをいきなり…」
「うん。これなら綺麗に染まりそうだな。」
「…まて…まさか…」
「うん、そのまさか♪」


「ただいまー」

『おかえり遠坂』

「…士郎が…2人…」





2 (ペキ)

衛宮邸内、居間。
平時はきちんと整頓されて、それこそ余分なもの一つないそこは、今はたくさんの服によって煩雑な空間へと変貌を遂げていた。
部屋の中心では、興奮した面持ちで服をああでもないこうでもないと服を吟味する金と赤の少女達。
そして、所在無しと言った感の世帯主と死刑宣告前のような面持ちの哀れな弓兵。

「うーん、セイバー、これどうよ?」
「いえ、凛、私はこちらの方が似合うと思います」
そういって、嬉々として彼女達が手にしている服は、どう見ても男物。それも、かなり大き目の。
「もう、どうでもいいだろう? 早くしてくれないか……」
そう疲れた声で声をかけるアーチャーに
「だめ。あんたのためにせっかく買ってきたんだから、少しは感謝の気持ちを表して大人しく着せ替えられなさい」
あかいあくまはそう一蹴して、再び服の選定に戻ってしまう。
「……おい、どうするんだよ? このままじゃ夕飯のしたくも出来ないぞ?」
「私にそれを聞くか? 衛宮士郎」
こういう時に、男達に出番はない。
女性の服選びと言うものは、時間がかかる。
そういうものだ。
「私は別に、服など選ばずとも着られればよいというのに……」
もう幾度となく彼女達の着せ替え人形と化した弓兵は、大きく息を吐いた。
「……まあ、遠坂たちの気持ちも分からなくもないけどな」
「……何を言い出すかと思えば。 お前に、服を吟味するような感性があるとは到底思えんが?」
「む、どういう意味だよそれ」
「言葉通りの意味だ」
皮肉気な言葉、士郎はもうすでにこの男のこういった物言いになれつつもあった。
まだまだこの男にはしてやられっぱなしだが、日常のこの程度のジャブで目くじらを立てていては、それこそ彼だけが空回りして馬鹿を見る。
アーチャーに反感をいだいても、それをそのままやりすごせる程度には、士郎は彼との付き合いに慣れていた。

「きっと、遠坂達むきになってるんだろ」
「……私の服だろう? 何をむきになる必要がある」
「……だってお前、普通の服あんまり似合わなかったじゃないか」

そう。
アーチャー用にと最初に士郎や凛が用意した服は、お世辞にもあーチャーに似合っているとは言いがたかった。
その長身もさることながら、何よりもその肌、髪の色。
彼に似合う色は、それこそ極端に限られていたのだ。
まるで、彼の着る色はもう決まっているかのごとく。
たとえば、あの外套の赤の様に。

「Tシャツは黒と赤以外なんか肌が浮いてたし、そもそもTシャツ自体がなんか着衣しきれてないって感じだし。
 似合うのと言えばYシャツとかスーツとかだもんな」
つい先日の、まるでサラリーマンのようなリクルートスーツの上にエプロンを着込んだアーチャーの姿を思い出し、士郎は笑みを浮かべた。
「別段、問題はない」
そう口では言いながら、アーチャー自身も先日の商店街で主婦にまぎれた自分のYシャツに黒のスラックスといういでたちを思い出し、渋面をつくった。
「……まあ、もう少し位は付き合ってやれよ。俺も、お前似に合う服なんてあるのか、ちょっと気になるし」
 そういってくくっと笑った士郎に。
「……ふん」
 何となく、『似合ってるじゃないか』と言う言葉を聴きたい等と。
 そんな、自身に残った少しの子どもっぽさを自覚しつつ、アーチャーはもう少しだけ、少女達の着せ替えごっこに付き合うことにした。





オマケ
「けつろーん。アーチャー、あなた普通の服は全くに合わないけれど、制服とか着物とか、そういったものばっかり似合うわね」
「というか、何故君が軍服だの袴だのウェイター服だのを持っているのか甚だ疑問なんだが……!?」
「そういう質問は却下よ、コスプレイヤーアーチャー」
「止めんかっ!? そういう不用意な呼称は!」





3 (ペキ)

台所。
並ぶ二つの背中。
そこは決して広いとはいえないが、お互いの作業が相手を邪魔することはない。
全ての動作は淀みなく進み、まるで二つで一つのような。

そんな、いつもの光景。

「んー、やっぱり微妙にそっちのが上手い気がする…」

眼前に並べられた料理は二品。
どちらも全く同じ内容・盛り付けの皿。

「そうか? いつもお前が作っている物と大して変わらないと思うが?」

片方の料理の端を軽く箸で崩し眉間に皺を寄せながら味を比べている士郎に、アーチャーはこともなげに返す。

「『この程度』のものでは、そう差は出まい?」
「くー、なんていうかこうー…奥が深いっていうか…」

士郎としては、どうも納得がいかないようだ。
それはそうだろう。
全く同じ材料、同じ手順、同じ動作と、そして何より恥を忍んでアーチャー自身に指導を頼んだというのに。
それでもやはり自分のよりも、相手の方が美味だと分かってしまうのだから。
ある程度のレベルを有するということは、自分がかなわないと悟るということ。

「ふむ…見たところ何ら変わりは無いと思うのだがな…。」
「それが問題なんだよ……。なんで同じ作業をしたはずなのにこう差が出るのかな……」

「…違いがあるとすれば経験ぐらいのものだろう?」

箸を銜えたまま、むーとうなる士郎。

経験。
そう、経験だけは、どうやっても現時点ではこの男には勝てない。
この料理の深みが自分に出せないのは、用はそういうことなのだろう。
士郎も頭では分かってはいた。
しかし、何となく納得がいかない。

コレだけ同じように作業をしたのに、それでも差が出てしまうのなら。
自分は一体、いつこの男に追いつけるのだろうか――


黙り込んで悩み始めてしまった士郎の頭に、すっとアーチャーの手が伸びる。

「まあ、せいぜい精進するがいい。止まった私の経験にすら追いつけないようではたかが知れているぞ?」

そういって、軽くなでる。
その声は、挑発的で、でも少し寂しげで。

「む、言ったなこのやろ。絶対追いついてやるからな!」
「ふん…どうせなら追い越してみせろ…」

止まった経験。
そう、彼の経験はそこから動くことはない。
だから、いずれ追いつける。追い越せる。
もしかしたらそれは、彼なりの励ましの言葉。
だけれど。

いつかの少年は、それに怒ったように、こう言うのだ。

「オレが追い越したら、そうしたら今度はお前が俺について来るんだ。たとえ英霊でも、止まるなんて事許さないからな!」

「……そういうことは、追い越してから言うんだな」

アーチャーはすっときびすを返して、出来上がった料理を食卓へと運んだ。
士郎に、自分の浮かべている笑みを気づかれないように。


そう、立ち止まってはいけないのだ。
自ら立ち止まることを許さない存在。
前を見、走り続ける存在。
いままでも、これからも。
それが、「えみやしろう」なのだから。





4 (ペキ)

始めは、違和感。
ついで、ぐらりと傾く感覚。
それは、立っていられないほどではなかったけれど、随分と長く続いた。


「……おさまったな」

ゆれる蛍光灯を見上げながら、アーチャーは言った。

「結構大きい地震だったな」

言って、俺は自然とテレビのリモコンを手に取った。
電源を入れて数分。
画面の上に、警告音と共に臨時ニュースが流れる。

「震度5か……。被害が出ているかもしれんな」
「……ああ」

俺もアイツも、それ以上は何も言わず。
黙って、次の報が入るのをじっと待った。




やはり、大規模な地震だったらしい。
けが人も多く出ているようだ。
まだわかっていないが、もしかすると死者も出たのかもしれない。

災害。
突然降り注ぐ、悪夢。

ふっと、あの10年前の事が頭をよぎる。

あの、それこそ永遠に終わりなどないかのような、赤い赤い煉獄の――


と、そこまで考えた時に、後ろからいきなり目をふさがれた。

「っ?」
「考えるな」

何すんだよ、と文句を言う前に、耳に低い声が落ちてきた。

「思い出すな。忘れていろ」

何の事を言っているのかなんて、訊くまでもない。

アレは俺の、そしてコイツの原点なのだから。

「……そんなの、無理に決まってるだろ」

わかってるだろうに。
俺が俺である以上、あの光景を忘れることはできない。
忘れるわけにはいかない。

ソレは、きっと、コイツも。

「……そうか」

ふっとため息をついて、アーチャーはその手を離した。

「別に、そんな心配することでもないだろ?」
「……」

振り返った先の顔は、何か言いたげだったけれど。
結局、何も言わなかった。


そのまま、テレビを見続ける。

時間がたつにつれて、段々と被害件数は増えていった。
死傷者の数も。
俺はそれを、テレビのこちらからまるで他人事の様に見ている。

ひどく、はがゆい。

なんで、俺はここにいるんだろう。
俺は、助けなきゃいけないのに。
正義の味方になりたいのに。
そう、生き残った俺が助けに行かずに、一体誰が――

ごんっ

「痛っ!?」

思考を中断するように降って来たのは、アーチャーの握り拳だった。
かなり痛い。
もうちょっと手加減というものを知らないのか、コイツ。
不満げに見上げると

「だから、余計なことを考えるな」

そういって、頭に手を置いてきた。
表情はない。
でも、どこかつらそうな、そんな顔で。

「……なんでさ」
「大方、自分が力になることは出来ないかなどと考えていたのだろう?」
「……悪いかよ」

憮然と言い返すと、コレだからこの馬鹿は、と首を竦めやがった。

「確かに死傷者数は多少多いが、家屋の倒壊数はそれほどでもない。 すぐに現場近くの医療班が駆けつけるだろうし、警察も自衛隊も十分に機能している。
 お前が向かった所で、着いた頃にはあらかた片付いているだろうよ。
 そもそも、交通機関が動いていないだろうから、たどり着けもしまい」
「……そんなことは、分かってる」

わかってる、わかってるけれど。
それでも、助けたいと思うのだ。
ここにいる自分を、許せないのだ。

「……見捨てているような気になる、か?」
「……」
「……愚かだな、本当に」

口では馬鹿にしたようなことを言いながらも。アーチャーは俺の頭をやわらかく撫ではじめた。

「……止めはせん。お前のその考え方は、止められるものではないだろうからな。
 ただ、お前に何が出来て、何が出来ないのか。
 お前が必要な時は、お前でなければ出来ないことは何か。
 ……それさえ、分かっていればいい」
「……わかってるよ」

「……そうか」

アーチャーはそのまま、手を止めずに撫で続ける。
その手の柔らかな温かさを感じていると。

誰かに謝りたくて、許して欲しくて。
(温かくて、居心地が良すぎて。)

なんだか、泣きたくなった。


よく聞こえなくなってしまったテレビの報道の音だけが、部屋に響いていた。




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