日記掲載ネタ〜弓士編〜 2


5 (ペキ)

居間で、テレビを見る。
おそらくはそんな一般家庭の夜の光景は、少し一般家庭とは言いがたいこの家でも例外ではなく。
褐色の男と二人、テレビを眺めていた。

一つの番組が終わる。
さて、次は。
まあ、男二人で有名な海外恋愛ドラマの特集を見るのもなんだったし、存在自体が奇妙なヤツと「ちょっと奇妙な話」を見るのもなんだかな、という心境だったので。
無難に、「一夜にして消えた古代都市」とか言う特集にチャンネルを合わせた。
古代都市やらにロマンをはせるのは、男としては悪くないチョイスだと思う。


結果的に。
その番組は、テレビ欄の見出しどおり火山の噴火によって一夜にして消えた古代都市、その瞬間の分析と再現をしたような内容で。
番組としては、よくできていた。
よくできていたけれど。

少し、この男と二人で見るには、あまりいい選択ではなかった。
つい先ほどまで平和に暮らしていた日常が、なすすべもなく炎と灰に埋もれていく光景は、嫌でもあれを思い出すから。


又、コイツに余計な気を使わせてしまうかもしれない。
気まずくなった雰囲気をどうにかしようと、こちらが口を開くより早く。

「……やはり、最後のときは」
「……え?」

アーチャーが口を開いた。

「……最後のときは、大事な人と共に死にたいと思うものなのだな」
「……そう、だな」

折り重なるようにして、発見された白骨。
手をつなぎあったまま、埋もれていた亡骸。

それは死ぬまで、いや、死んでも離れたくないと声高に主張しているような。

「うん、俺も死ぬ時は、大事な人と一緒がいいと思う」

―まあ、どうやっても皆死ぬことを避けられないような状態なら、だけどな。
そう、続けたら。

「……安心しろ」

アーチャーはにやりと笑って、楽しそうに言ってきた。

「どう頑張ろうと、お前と私は共に消えるしかないからな」
「は? どうしてだよ」
「お前が先に死ねば、私はパスが切れて現界できなくなるだろう」

確かに、それは正しいけれど。

「でも、お前が先に消えるかもしれないだろ」
「そうなっても同じことだ。
 私が先に消えるような非常事態を、お前が切り抜けられるわけがないからな」

そんな、当然のことの様に話してきた。
ソレは、馬鹿にされたようでひどく腹が立ったけど。

「……勝手に言ってろ」

即座に否定しない俺は。
もしかすると、そのおそらくは事実に、安堵しているのだろうと思った。


大事な人と、死にたい。
そんな、あたりまえの最期の願い。

でも。
「えみやしろう」は、「誰か」と共に死ぬことなんか、許されないだろう。
もちろん、許せもしない。
大切な人には、生きていて欲しい。
「衛宮士郎」が連れて行けるのは、結局は「エミヤシロウ」だけなのだ。


ああ、なんて僥倖。
確実にたった一人連れて行ける存在が、俺にはある。
そして、それこそが――


願わくば。
死ぬ時は、愛しい人と共に。
そして、できれば、その後も……





6 (椎名)

「アーチャー、これ。」
士郎が手に持っているのは、何やら和菓子屋の包みの様だった。
「どら焼き。藤ねぇにもらったんだ。食うか?」
一応は聞いてみる。
おそらく帰ってくる答えは
「遠慮しておく。私が食事を必要としないのはお前も分かっているだろう?」
予想通りだった。
「そういうと思った。お前そういうとこひねくれてるからな。」
言いながら包みを開いてがさごそとどら焼きを取り出した。
「ほれ。食べろよ。ここのどら焼きお前も好きだろ?
差し出されたどら焼きと衛宮士郎を交互に凝視する。
そのまなざしは穏やかながらも鋭い光を放っている。

本気だ。
衛宮士郎は本気で自分にどら焼きを食わせる気だ。
食べなければ行けないとでも言うかのように。

「藤ねぇが俺にくれたんだ。だったらこれはお前のでもあるんだから。食べないと藤ねぇに失礼だろ?」
ふぅ、とため息をついて、アーチャーはどら焼きを受け取った。
「…まったく…人のことを言えた義理ではないな。お前も十分ひねくれているだろう?」
透明なフィルムをはがしながら、それでも一言皮肉を言うのは忘れない。
「お互い様だ。」
いただきます。と手を合わせ、同時にどら焼きを囓り始めた。

「…上手いな…」
「あぁ…上手いな…」

人間、自分に一番素直にはなれないものである。





7 (ペキ) ※士郎さんが小さいです

士郎の手を引いて、久しぶりに新都まで買い物に出た、その帰り。
ショッピングモール前の少し開けた場所に、随分と大きな人垣ができていた。
人々の歓声と巻き上がる拍手から察するに、どうやら中で大道芸めいたものでもやっているようだ。

「なあなあ、あーちゃー!」

と、手をつないでいる子供が、その好奇心を顔いっぱいにともらせこちらの手を引っ張ってくる。
ついこの間までの暗い瞳からは考えられぬ程随分と心を表すようになったその瞳にうながされ、私達はその人垣に近づいていった。

さて、近寄ってはみたものの、人垣は分厚くとてもではないが前に割り込めるようなものではなかった。
士郎はぴょんぴょんと飛び跳ねしきりに中を覗こうとしているが、私の背丈でようやっと見えるのだ、その程度では到底見えまい。

仕方がない。

ひょいと首根っこをつかんで抱え上げ、手の上に座らせるような形にした。
見晴らしという意味では肩車の方がいいのかもしれないが、そんな父親のような所業は、なんと言うか、精神上あまりしたくはなかったので。
ちょうど、士郎の顔が私の横にくるような。

「わあ……」

感嘆の声を上げる士郎の視線の先には、くるくるとカラーフープをジャグリングする赤と黄の服の大道芸人。
どこからともなく新たな輪を出しては速く、さらに高くと投げていく。
素人目から見ても、ソレは中々に高度なテクニックであることが分かる。
ましてや士郎の目には、それこそ魔法使いの様に映るだろう。

それから一時の間、士郎はくるくるとまわる魔法使いの技に。
私は、それを見てくるくると変わる士郎の顔に。
しばらくの間、見入っていた。


長いとも短いとも取れる時間の後、大道芸は終了し人垣はばらばらとほつれていった。
思わぬ時間を食ってしまった。
別に急ぐ用事があるわけでもないが、大分傾いてきた日は夕食の時間が近いことを告げる。
夕食の献立を考えながら、いまだ抱えていた士郎を下ろそうとすると。

「あ、まった!!」

と、首にしがみつかれた。
必然、私の首に士郎の体重がかかり、英霊の身とは言え幾分か苦しいので、もう一度抱えなおす。
抱えなおした彼の顔を見ると、なにやら不満げだ。

「……どうしたというんだ」
「まだ、下ろしちゃダメだ」
「何故」
「……まだ見たい」

普段あまりわがままらしいわがままを言わないこいつにしては、珍しいことだった。
少しくらいなら、それに付き合ってやりたいとは思うが……。

「あいにく、先ほどの見世物はもう終わってしまったのだ。見たい、といわれてもな」

その言葉に、士郎は違う違うというように首をふる。

「そうじゃなくて、おれはこのたかさで見たいんだ」
「高さ?」
「うん、あーちゃーのたかさ」

なるほど、普段見ない視点から見る光景が新鮮なのだろう。
辺りをきょろきょろと見回すその仕草は、随分とほほえましかった。
……多少複雑な心境だが。
仕方なく、士郎が満足するまで待つか、と考え始めた所。

「あれ、かえらないのか?」
「……もう下ろしていいのか?」
「いや、まだ」

ならば、何故帰らないのかなどと聞いてくるのか。
……まさか。

「……まさか、このまま帰るつもりではないだろうな?」
「だめなのか?」

心底、不思議だといった感じに首を傾げてくる。

「……あまり、気持ちのいいものではないな」

そう言うと。
士郎は、顔を曇らせた。
聞き分けの良過ぎる子供だ、これ以上のわがままは言うまい。
多少の罪悪感とともに、今度こそ士郎を下ろそうとすると。
再度、首にしがみつく……というより、縋り付かれた。

「……士郎?」
「もうちょっと、もうちょっとだけ」

そういって周囲を目に焼き付けようとするかのように、見る。
その姿は楽しそうというよりも、必死といった方がしっくり来るような。

「……なぜ、そんなに見たいんだ?」
「だって、あーちゃーが見てるものだから」

おれ、子供だからおなじものがまだ見れないから。

「あーちゃーとおんなじもの、もうちょっと見たかったんだ」

そう言ってひとしきり周りを眺めた後、「もういいよ、おろして」と微笑った。

「……」
「あーちゃー?」

私とて、鬼ではない。
人ではないものになりきれなかったからこそ、ここにいるのだから。
そんな顔をされては、下ろせるものも下ろせなくなるといったものだ。
一つ、息を吐き出すと。

「今日だけだぞ」

そういって、士郎を抱えたまま歩き始める。

「……うん!」

嬉しそうに笑う、まだまっすぐな瞳。
その瞳を見て。


衛宮士郎。
私の方こそ、お前と同じ視線で同じものをもう一度、見たかったのだと。

手の中の存在に、告げたくなった。





8 (椎名)

今年最大級の記録的な台風が通り過ぎて一夜明け。
テレビでは何度も何度も台風による被害状況が報じられている。

昨夜の台風では多くの人が亡くなったらしい。
幸い、衛宮家ではさしたる被害もなく、おおむね平穏な朝を迎えていた。

いつも通りの朝食。
しかし今日は、士郎の朝食を食べる速度がやけに遅く感じられた。
アーチャーはそれに気付き――
同時にその原因にも気がついた。

「思い出すか。あの時の事を。」

衛宮士郎が英霊となったこの身ですら、忘れることのなかった赤い記憶。
この台風の被害状況は、どこかそれを彷彿とさせた。

「別にそんなんじゃない。ただ…結局自分はこんな状況でも何もできないんだなって思ってさ…」

…まったく。それがお前の悪い癖なのだ。
アーチャーは少し呆れたようにため息をついた。

「それはそうだろう。たとえ英霊であるこの身ですら、時に自然という物の前では無力に等しい。たかが人間にできることなど限られているのだろう。」

士郎は憮然とした態度で

「だけどさ…それじゃ黙って見てるしかないっていうのか?」

そうだろうな。
人間とはあくまでも無力なものなのだから。
「ならせめて、祈ればいい。」

そんな悔しさなど…私も良く知っている事だ。

「一人でも多くの人が助かるように。それがお前の望みなのだろう?」

まるで自分に言い聞かすように、アーチャーは呟いた。

「そうだな。それで…それが許されるのならそうする。」
何か納得したように、士郎は一つ頷いた。


全ての人を救うことはできない。
でもその願いは決して。

決して…間違いなどではないのだろう?
衛宮士郎。

「だったらとりあえず…早く食事を終わらせろ。遅刻するぞ?」
陰鬱な時間はもう十分とでも言うように、アーチャーは時計の針を目線で指した。
「うあ!やば!もうこんな時間かよ!?」
士郎も気持ちを切り替えるように、慌てて食事を再開した。




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