四月馬鹿 (ペキ) 2006年エイプリルフール ※弓士+アンリ


「ってなわけで、明日は4/1、四月馬鹿の日だな」
「どんなわけだかは敢えて突っ込まないでおくけど、まぁその通りだな」
「でさ、たまには遊び心を出して世間の波に乗っかってみないか?」
「あー、内容によっては、乗ってもいいけど、何やるんだよ?」
「………………っていうのは、どうだ?」
「…………確かに成功すれば相当面白いけど、アンタ出来んのか?」
「出来ない事も無いだろ?」
「んー。そうだな、いつも虐げられてばっかりの立場だ、これっくらいのイタズラ、許されてもいいだろ」
「じゃ、先手必勝、明日の朝から、な」
「OKOK。で、具体的には何するんだよ?」

それは、果たしてどちらが言い出したことだったのか。
今となっては分からないことだ。
あるいは、どちらがどちらだったのか、なんて、些細なことだったのかもしれない。
とにかく、彼ら2人が珍しくもそんな行動をとろうと思った、というのは、まさしく4月馬鹿の効果だったのだろう。




4/1
衛宮邸、朝5時半。
学生は春季休業中であるが、衛宮邸においては「休みだから」という理由で生活サイクルが変わったりはしない。
朝食の当番の担当は休日まで割り振られているし、食事開始はきっちりと6時半にスタートする。


最初の目撃者は、朝食当番2人のうちの1人、間桐桜だった。


「……え?」

彼女は、思わず目を何度か擦った。
目がかすんで、視界が黒くにじんだり、ぼやけて見えていたりしているのではないか、と、そう考えたのだ。
しかし、何度擦っても、瞬きをしても、台所に似つかわしくない黒い存在は依然としてそこに在り。
しかも、

「お、おはよう。桜」

なんて気安く声をかけてくれた。
声色は、彼女の良く知る彼のそれなのに、目の前にいるのは、彼とよく似た、別の存在……のはず。
わからない、わからない。
いったい何故、こんなことが――!
――いや、パニックを起こしてはいけない。
彼女は深呼吸を一つし、落ち着いて、事実の確認へと行動を移した。

「あ、あの、アンリ……さん? ですよね?」
「ん? それ以外の誰に見えるんだ?」
「あ、いえ、アンリさんに見えます! 大丈夫です!」

しかし、大丈夫ではないのは、見た目ではなくて。

「……朝ごはん、作ってるんですか?」
「ああ。あ、とりあえず鰆の西京焼きと、ほうれん草となめたけのおひたしは作っといたから、桜には味噌汁を頼んでいいか?」
「あ、はい!」

あまりに自然にそんな事を言われるものだから、彼女もつられて、何時も通りの作業に入ってしまう。
その仕草が、その言葉が、あまりに彼にそっくりだったから。
だから彼女は、肝心のその一言を聞きそびれてしまった。

『どうして当番の先輩じゃなくて、アンリさんが料理をしているんですか?』





次に目撃したのは、朝はめっきりその力を半減させる、あかいあくまだった。

ぬぼーっとした足取りで、衛宮邸の廊下を歩く。
朝一杯の牛乳の補充、それによって脳の活性化と真の目覚めに到達する遠坂凛にとって、それまでの時間はある意味寝ているのと大して変わらない。
それほどまでに頭が目覚めていないのだ。
なので、廊下の干した布団の上、陽だまりの中で横になっている士郎を見た時も、彼女の反応は、冴えているとは到底言いがたいものだった。

「んー……しろう? あれ、何でアンタこんな所で……」

かけた声に、士郎はゆっくりと目を開き
「……あー、飯か?」
なんて、気の抜けた声を上げた。
「……ぇっと、まだ……だと思うけど……」
「……んだよ。じゃぁ起こすなよな……。飯になったら呼んでくれ……」
「……ん。分かった……」
もう一度布団に突っ伏してしまう士郎に了承の返事をし、凛は牛乳を求めて再度歩き出す。

繰り返すが、朝一杯の牛乳の補充、それによって真の目覚めに到達する遠坂凛にとって、それまでの時間は寝ているのと変わらない。
だから、士郎がここにいる事態の異様さにも、気づかない。
まどろみの中見るものは、夢。異常も通常も内包した世界だ。
ならば、彼女がその異常性に気づけるのは、やはり目覚めの後なのだ。


「……って、なんで士郎じゃなくてアンタが料理なんかしてんのよっっ!?」

目覚めを告げる絶叫が、あたりに響いた。





三人目の目撃者は、ライダーだ。
絶叫に驚き、居間に移動しようとしたら、縁側、布団を干したと思わしき場所で「朝からうるせぇなぁ……寝てらんねぇ」といいながら布団を動物の巣のようにかき集め、くるんと包まってしまう『衛宮士郎』を目撃。
違和感に駆られながらも居間に入ると、今度はエプロン姿で首根っこをリンにがくがくと揺さぶられながらも相手をなだめようとしている『アンリマユ』を視認してしまった。
しかも、「とにかく食事にしよう。何を怒っているのか分からないけど、話はその後でもいいだろ?」などと妙に『彼らしくない』言葉を吐く。
違和感は計り知れなかったが、セイバーが彼に賛同したため、うやむやとなってしまった。
四人目の目撃者であったセイバーは、当初士郎が台所に立っていない事に愕然となっていたが、『アンリマユ』が作った朝食を見るや否や、食事の誘惑に負けてしまったからである。

その後、異常事態の目撃者を増やしつつ、4/1という日は始まった。




「いったい何がおきてるのかしらね……」
せんべいを齧りながら、胡乱な目をした凛が呟く。
視線の先には、開け放った窓から見える、庭先で洗濯物を干している『アヴェンジャー』の姿。
洗濯物日和であることがご機嫌らしく、鼻歌交じりに色とりどりの生地を風にはためかせている。
片や、本来ならその役目をするだろう『衛宮士郎』はと言えば、「暇だからぶらっとしてくる」と家を出て行った。

「暇だから、ですって? あの万年家事お人よし馬鹿が、『暇だからぶらっとしてくる』なんて、ありえるわけ無いじゃない!」
「……やっぱり、からかわれているんでしょうか? 今日は1日ですし……」

お茶をすすりながら、桜が首をかしげる。
今日が4/1、いわゆるエイプリルフールだという事は、彼女達姉妹も良く知っていた。
あくまでも、『嘘をついても許される日』という程度の認識でしかなかったが。

「……それにしては、手がこみすぎでしょ……」
「……ですよね。先輩があれほど旨く嘘をつけるとは、失礼ながらちょっと思えないです」
「確かに。アレがあのような外見をしていなければ、私も容易くシロウとアヴェンジャーを取り違えていたかもしれません。それほど、あの2人は気配すら近くなっています」
深刻な表情をしながら,セイバーは新しいせんべいの袋を開けた。
これで彼女の前には二桁のビニール袋が並んだ事になる。


朝食の後、彼女たちはすぐさま、渦中の2人を問いただした。
そして、分かった事は、二つ。
一つ目は、衛宮士郎とアンリマユの性格が入れ替わっているという事。
そしてもう一つは。
『衛宮士郎』と『アンリマユ』の『立場認識』も入れ替わっているようだという事。

例えば、士郎、と呼びかけば、『衛宮士郎』がちゃんと返事をする。
しかし、態度はまるっきりアンリマユそのもの。
そして、ココが実にややこしい所なのだが……。
『今日の食事当番は?』とたずねれば、『今日はオレとアーチャーだよな?』と、『アンリマユ』が答えるのである。
無論、アンリマユが食事当番に組み込まれた事など、無い。
だと言うのに、それを当然のように言うばかりか、『衛宮士郎』の分担を当然のようにこなしている『アンリマユ』と、それに反比例するかのように、だらだらと何もせず、時に他人にちょっかいを出すだけの『衛宮士郎』。
どうにもちぐはぐな、この認識と役割の違い。
まるで、舞台の役者を無理やりに入れ替えたような……。


「おそらくは、今日という歪みのせいね」
包帯を巻いた細く白い手で、毒々しいまでの赤で構成された唐辛子せんべいの袋を開けながら、カソックの少女は呟く。

「って、アンタいつのまにココに来たのよ?」
「つい先ほどです。アヴェンジャーがちゃんと出迎えてくれました」
「……うわ」
にこやかにカレンを出迎えるアンリを想像し、凛は目の前が暗くなるのを感じた。
「それで、ゆがみとは、何なのです?」
先を促すセイバーに、カレンは静かに語りだす。

「……今日は、世間的にはエイプリルフールと呼ばれる日であることは、知っていますね?」
「ええ。まぁね。私も結構なイタズラを思いついてたんだけど」
言いながら首をすくめる凛に、セイバーは『シロウは、ある意味こういう事態でよかったかもしれませんね』と思わずにはいられなかった。

「エイプリルフールとは、この国では嘘をついてもいい日、というような認識のようですが。
 つまりそれは、真が偽に、偽が真になる事をひと時たりとて、許されたような状態であるといえましょう」

「そこまで大げさな物ではないと思いますが……」
呟く桜を無視して、カレンは話を続ける。
「……ここで重要なのは、『真と偽が、極めて曖昧になり、入れ替わる』という事です。
 アンリマユは、『人の意識によって固定された悪』。人の善悪の意識に、ダイレクトに影響される英霊といっていいでしょう。 
 そして、今日という日は、嘘という悪が肯定され、許された日。善と悪、真と偽との認識が極めて不安定となり、その結果」

そこで一息、庭先の洗濯物を干し終わっていい笑顔をするアンリを指差し……
「悪という立場の彼の属性が反転。また、そのバランスを保つために、彼が寄生している衛宮士郎も反転した、と」
「……なんか、トンでも理論ね」
胡散臭そうに眉をひそめる凛に、セイバーが口を開く。
「ですが、あの様子を見てしまうと、否定しきることもできません」
思わず黙り込んだ女性達の脳裏に、さわやかな笑顔のアンリとめんどくさそうな半目の士郎がよぎる。

「まぁ、今日という道化の舞台でのみ、役者が入れ替わったような物です。
 明日になれば、戻るでしょう」
「……まぁ、それならいいか……たまにはそういう日があってもいいでしょ」
ため息混じりに呟いた凛の言葉は、その場にいた全員の結論となった。




だが。

「ああああ駄目っ! アイツのあの顔でああいう態度だとなんか無性にガントりたくなる!!」
予想以上に、臨界点も早かった。

現在時刻は午後7時半。
先ほどのカレンの理論を鵜呑みにするならば、後6時間程でこの異常も元に戻るはずだが、既に凛だけに限らず、多くの住人が精神的に苦痛を感じていた。
最初こそ面白半分で見ていたが、そのうちにだんだんと、あまりの違和感に耐えられなくなっていく。

例えば。
アンリが桜の買い物を「オレがやっておくから、気にするなよ(笑顔)」と言ったり。
士郎が何もせずにごろごろと居間でテレビを見て「ねみぃ……」と呟いたり。
アンリが子猫に「ほら、エサだぞー(笑顔)」なんてことをしていたり。
士郎が襲撃してきた金ぴかに「け。もうちっと油断と慢心とたれ流れる馬鹿オーラを隠す努力をしてみろってんだ」とかいって追い返したり。(ギルガメッシュは何かに打ちのめされたかのように帰っていった)

ちぐはぐな行動の一つ一つが、なんとも言えず、ちくちくと「クる」のだ。

しかしながら、カレンの言っていたことが本当ならば、「彼ら」になんの罪も無いことも確かで。
その鬱々とした思いを、何処にもぶつけられずに、困り果てている、と言った所だった。



「……ふむ。 随分と参っているようだな」
洗い物を終えたアーチャーが、凛に紅茶を出しながら尋ねる。

「……アンタは、あれを見てなんとも思わないの?」
凛の視線の先には、洗濯物をせっせと畳んでいるアンリと、その横でごろごろと転がったまま新聞を流し読みしている士郎の姿。
周りには、出来るだけ関わらぬよう遠巻きにしながら、しかし気になって放っては置けない住人達が幾人か。
アーチャーはその光景を一瞥し、
「面白い見世物だとは思うが?」
別段なんでもない、と言うように答えた。
「……私はムリ。なんていうか,何が駄目ってワケじゃないけど,なんか駄目だわ……」
今日は早く部屋にあがろうかしら、という赤い少女に、弓兵はニヤリ、と笑いつつ
「……ならば、手っ取り早く解決してやろうか?」
と、そんな、とんでもないことを言ってのけた。

「え、ちょっと、アンタあれ治す方法しってんの!?」
「まぁ、大体の見当はついている。 君が苦痛に感じるのならば、早めに何とかしてやろう」

そう極めて頼もしいことを言い、アーチャーは士郎達の所へと歩み寄る。

「アンリ」
「ん? 何だ、アーチャー?」
「……私のマスターは、君だな?」
「何言ってんだ。当たり前だろ?
 ……今更イヤだって言ったって、変わってなんかやらないんだからな」

なるほど、『役割と認識が入れ替わっている』と言うことは、この『アンリ』がマスター、『士郎』がサーヴァント、と言う認識になっているのだろう。
頭では分かっていても、顔を(肌の色上わかりにくいが)若干赤く染めて慌てているアンリと、あまり興味なさそうに見上げる士郎、という光景は、周囲の人間顔を引きつらせるのに十分だった。
しかしその違和感をものともせずに、アーチャーは続ける。

「……ならばマスター。私はどうやら魔力が足りないので、多少魔力を融通してもらおうか」
「は? 何言って……」

アンリが慌て、言葉を続けるよりは早く、しかし速度的にはゆっくりと。
アーチャーの顔が、アンリの顔と重なるように近づいていき…………



「だ、だめだっ!?」

と、そこで。

先ほどまで『興味が無い』ような表情で2人のやり取りを見つめていた『衛宮士郎』が、反応を一転、叫びつつ、割って入った。

そして。
叫んでしまった後の、しまった、とでも表現するしかないその表情と紅潮は、紛れもなく、衛宮士郎以外の何者でもなく。
その叫びに割って入られたアンリの方も、気づけばため息と共に、「あーあ、バァカ」などと実に『らしい』ことを言っている姿を見て。

「……どうだ、凛。解決してやったぞ?」

アーチャーの勝利宣言と共に、周囲の人間は、士郎とアンリの『嘘』が終了したことを、知った。







「あー、結構楽しかったな」
言いつつ、けけけと笑うアンリを、アーチャーもまたわずかに笑いながら茶をすする。
士郎はといえば、凛を筆頭とした女性連中に、今頃はこっぴどくやられているだろう。
アーチャーが彼らの企みを暴露しなければ、カレンが展開した『トンでも理論』のまま、明日には2人が元に戻った、と言うこととなり、誰にもお咎めなしで終了しただろうが、ばれてしまった以上は士郎に対する制裁は避けては通れない。
だが、片棒を担いだアンリはちゃっかりと、その制裁から逃れている。
士郎が一身に制裁を受けてしまうような体質……とでもいうべきものだからか、はたまたアンリ自身の要領の良さか。

「せっかくカレンにまで誘導たのんだってぇのに、まさかバレちまうとはな」
「何、なかなかに面白い『嘘』だったぞ? 実にばかげていて、よく出来た演劇だ」
「それはお褒めに預かりまして、何より。
 ……それに、カレンの言ってた事もあながち嘘でもないんだぜ? 
 今日は、オレとアイツの境目がほんの少しとはいえ分かりくくなるからこそ、出来た舞台と脚本なんだからな」
もちろん、それで補いきれないくらい相当がんばってたけどな、オレら、と言いつつ、アンリは立ち上がる。
時刻はもう夜、部屋へと下がるためだ。
居間から出る間際、アンリは振り返り、今後のイタズラの参考のために、ぜひとも一つ聞いておかなければならないことを口にする。

「で、いつごろ、何処で気づいたんだ? アンタ」

「いや、気づいてなどいなかったさ。カマをかけたら、勝手にアレがひっかかっただけの事だ」

こともなげに言うアーチャーの返答に、アンリは肩をすくめた。

「言ってろ、この大嘘つき」

ぴしゃり、と閉まる引き戸を見届ける。
誰もいなくなった今に響くのは、遠くから聞こえる、切羽詰った、半ば悲鳴のような士郎の声。
おそらく未だ女性陣の折檻中であろう。
その声を聞きながら。

「……アレの嘘を、『オレ』がわからないわけが無かろう?」

悪魔よりも悪魔らしく微笑う英霊こそが、4/1という舞台の主役だったようだ。




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