日記掲載ネタ〜弓士編〜 6


18 (ペキ)


墓参りには、例年いっていない。
俺はまだ、目指す所にたどり着いていないから。
未熟な俺を爺さんには見せられない。行く時は、譲り受けた理想にふさわしい自分になってからだと、爺さんを最後に送った時に決めた。
藤ねぇは墓参りに行かない俺の事をかなり怒って、そして少し悲しんでいるけれど、結局今でも俺の意思を尊重してくれている。
今爺さんに報告したい事もたくさんあるが、そんな藤ねぇとイリヤが俺の代わりにほとんど報告してくれているから、俺が直接報告しなきゃいけないことは『理想』に関係する話位だ。
だから、俺は今年も行くつもりはない。
きっと、俺が墓参りするには少し時間がかかるだろうとも、思う。

なら。

――『アイツ』は、墓参りに行く事が、できたんだろうか?




「墓参り?」
「ああ、行かないのか?」
「必要ないだろう」

庭の剪定をしている後ろで切り落とされた枝葉をかき集めながら問う俺に、アーチャーは手を止めずに応えた。
……ああ、だろうな。そうじゃないかと思っていた。

きっとこいつは、墓参りに行くことが出来なかった。
理想を追いかけて追いかけて、満足できなくて、墓参りどころか郷里にすら帰らず。
そうして最後は、父と同じ場所に行く事すら出来なくなった……こいつはそんなエミヤシロウなんだ。

深い眠りや魔力供給の後なんかに見る夢――ラインを通して流れてくる映像で大体の予想は付いてはいたが、今の答えでその考えは確信に変わった。
だから俺はそれ以上聞くつもりはなかった……けれど。


「私があの人に報告できることなど、なにもない」

低い声音で、アーチャーは続ける。
その言葉に返答もできず相槌も打てない俺を放ったまま、アーチャーの独白はさらに流れていく。

「墓前に立ったとて、あの人は私のことなど分からないだろう。
 第一私自身、覚えている事もほとんどないのだ。精々、かすれた理想と、助けてくれた時の彼の顔位だな」

ばちん、と一際大きな音を立てて、大きめの枝が断たれて落ちる。明らかな失敗だ。
ああ、しまったな、と呟きながらアーチャーはその枝を拾い上げ。そして何かを思案するように枝に見入った後、こちらに振り返った。鈍い銀灰色と目が合う。その表情はいつもどおりの無愛想だけれど、どこか遠くを見るような瞳が揺れているのがわかった。
ああ、やっぱり。
コイツは本当は、墓参りに行きたいんだろう。いや、「行きたかった」んだ。けれどもう自分の墓参りの相手はいなくて、墓参りをする機会を永遠に失ってしまった。


……けれどそれは、『一人で行く』墓参りの話だ。



「じゃぁさ、俺が行くのに付き合えよ」
「何?」
「墓参り。今すぐじゃないけど、いつか俺が爺さんに報告する時、お前のことも報告しないとだろ?」
「……一体何を報告するつもりだ、お前……」

む、そう言われると、困る。考える事しばし、俺は一番先に思いついた台詞を、何の気なしに発言した。

「えーと……息子さんを俺にください?」

がしゃん、と枝切バサミを取り落とすアーチャー。
余程気が動転したのか、投影品であるハサミは地面に激突した瞬間に硝子のような音を立てて粉々に砕け散る。
……我ながらこの台詞はどうかと思ったけれど、そこまでの過剰反応もどうなんだ。
でもこんな風に取り乱すアーチャーはコレはコレでおもしろいので、調子に乗って続けてみる。

「あ、違うか。もう既に俺のだから、俺のものになりました、の方がいいか」

うそ臭いくらいの笑顔を浮かべつつ、言ってやる。フ、どうだアーチャー。何気に俺もあくま達の間で揉まれてないぞ?
このくらいの芸当は訳はないのだ。又一歩、お前を追い抜く日が近づいたな……。
しかしアーチャーもさすがというか、眉間に深い皺を寄せ溜息を大きく付いた一瞬後にはもういつもの表情を取り戻していた。

「たわけ。お前が俺のものになったんだろう」
「なんでさ。俺がマスターなんだから、アーチャーが俺のものになったんでいいじゃないか?」
「貴様がもっと魔力供給や責務を十二分に果たせるマスターらしいマスターならば、その発言も認めてやったのだがな」

本領発揮、皮肉気に口角を吊り上げながら笑うアーチャー。
それを言われてしまうと、まだまだ未熟な俺としては返す言葉がない。

「悪かったな、ヘボマスターで。
 ……まぁでも、どっちがどっちのになったかは、どうでもいいか」

別段、はっきりさせるような事でもないし、そんなのは些細な事だ。アーチャーも特に異論はないのか、一息吐き出しただけで俺の言葉を流した。

「要は、2人で爺さんに報告しに行くことが重要なんだ」

が、そう続けた俺の言葉には、アーチャーは眉をひそめて反論する。

「衛宮士郎。先ほども言ったが、私には報告することなどない。磨耗し彼を忘れた私に、何を語れというのだ? そもそも、この世界のエミヤキリツグにっての息子はお前だけだ。私の養父ではない」

だから私は墓前には行かんよ、とこぼすアーチャー。
確かにこいつの言う通り、アーチャーはいつかの・どこかのエミヤシロウであって、この世界・今の衛宮士郎とは別人だ。だから自然、ココの世界の『俺の爺さん』と『アーチャーの養父』は別の存在になるのだろう。

だけれど、それだってやっぱり些細な事。

「駄目だ。2人で行かないと意味がない。爺さんに、アンタの理想を継ぐのが2人になったって、報告しないと。だろう?」

エミヤシロウだとか、アーチャーだとか、そんなの関係ない。俺達の走る道が、目指す理想が。衛宮切嗣と一緒だという事。
そしてその理想を2人で追うと決めたんだから、衛宮の後継者達としてはやっぱり報告の必要があるだろう。

「それに、忘れたって言うなら思い出せばいいさ。爺さんの事。
 ほら、その、魔力供給の後とかによく夢、見るだろ? アレで記憶の共有がある程度できるんだから、墓参りに行くまでにはきっといろいろ思い出せるさ」

だから、いつか2人で爺さんに会いに行こう。

言う俺の目を見たアーチャーは一瞬虚をつかれた様な顔を見せた。
すぐに表情を建て直し、「お前が墓参りにいける様になるまで、一体どのくらいかかるのやら」なんて皮肉をたたいたけれど。
それ以上拒否の意を示さなかったアーチャーの態度は、コイツなりの墓参りの承諾だと考えて間違いはないだろう。


こうして俺は又一つ、アーチャーと約束を結んだ。



「ふむ。思い出させてくれるか、それはそれは。随分と積極的な口説き文句だな」
「は?」
「お前が言っただろう? 衛宮士郎。 『魔力供給の後等によく見る夢で、記憶の共有が出来る』と。
 さて、墓参りに行く前に精々たくさんの夢を見せていただくとしようか、マスター?」
「――――――っ!? しない、そんなにしない! 魔力供給の頻度は今まで通りだからな!?」
「言っている事が随分と矛盾しているようだが……」
「うるさいだまっとけ!」






――何を美しいと感じ。何を、尊いと信じたのか。
忘れたモノをもう一度取り戻して、そうして父に、会いに行こう――――






19 (ペキ)


なぁ、アンタは聖杯に、何を願うんだ?

……そうだな、強いて言うなら、恒久的な世界平和、か。

あ、それ、俺も遠坂に言った。そしたらさ……

一蹴された、か?

そうそう。ってやっぱお前もか……

……まあ、どこまで行ってもエミヤシロウはエミヤシロウということ、か。

はは、死んでも変わらないなんて、筋金入りの馬鹿だよな。……じゃ、それ以外で何か聖杯に願う事とか、ないか?

……思い付かんな。と言うことは、願いなどないと言うことだろう。

……つくづく、枯れてるなぁ、お前。

む、そういう貴様とて、他に願う事などないのだろう? セイバーに馬鹿正直に言って呆れられていたお前に言われる筋合いは……

ん? 俺、あるぞ? 願い。

……ほう?
明日の決戦を前に、ようやく欲がでてきたか?

そうかもな。下手に終りが見えてきたから、自覚がなかったような願望が見えてきちまったのかもしれない……。

……そういうものだ。いつだってギリギリにならなければ、目の前にある答えにすら気付くことも出来ない。
とんだめくらだからな、エミヤシロウは。

それって経験則か?

経験則だ。

そっか。それでも、俺としては早く気付けた方だと思うんだけどな。

ほう? それは興味深い。常に選択の余地がない際で気付くのがお前かと思っていたが、答えによっては考えを改めなければならんな。一体どんな願いだ?

……『エミヤ』が、幸せになれますように、とか?

……それは聖杯に願うようなことか?

願うようなことだよ。聖杯クラスの願望機でなきゃ、死んでもなおらない馬鹿を幸せにするなんて、無理だろ。

その言葉、そっくりそのまま返してやる。貴様程の大たわけは、それこそ魔法クラスの奇跡でなければ更正不可能だろうよ。

酷い言われようだな……否定できないけどさ……。
ま、と言うわけだから、はりきって聖杯を手に入れて……。


幸せになろう、 エミヤシロウ。




――やはり、考えを改める必要はないようだな、衛宮士郎。
いつだって答えを自覚するのは、選択の余地がない際だ。
あの汚れた聖杯では。そのような願いなど叶えることは出来ない。既に結末の見えたシナリオだ。
それに気付かぬはずもないだろうに、今更そんな願いを……いや、今だから、か。
まったく、やはり馬鹿だな、オレも、お前も。


だから、直に訪れるであろう終焉を分かっていながら。



……ああ、そうだな。衛宮士郎。



そう、答えた。




えみやしろうがはじめて願った、『自分』の幸せ。

それが、叶うことは……





20 (椎名)

 それは何の変哲もない、何時も通りの帰り道。
 夕暮れに照らされてオレンジ色に染まった我が家の塀をぼんやりと眺めながら、士郎はゆっくりと歩を進めた。
 赤く沈んで行く太陽に、どうしても奴を連想してしまう自分が少し情けない気がしたが。
 おそらくは今頃、黙々と頼みもしない夕食の支度でもしているのだろう。
 家の戸を開けば、いつも通りあの仏頂面で不機嫌そうに出迎える奴の姿が目に浮かぶ。
「まぁ……もう慣れたけど」
 そうぽつりと一人ごちている内に玄関の前へと辿り着き、士郎はガラリと戸に手を掛けた。
「ただいまー」
 気だるげに声を掛けて中に入ると、予想通り……いや、ほぼ予想通りの光景が目の前に広がっていた。
 何時もの赤い戦闘服ではなく、赤いエプロン姿ではあるが、そんな事は予想の内である。
 ただ決定的に予想と違っていたのは、相手が不機嫌な仏頂面などではなく。
「あぁ、遅かったな」
 そう言って出迎えた男の顔が、とんでもなく穏やかな笑みを浮かべていた事ぐらいで。
「あ、あぁ、ちょっと生徒会の手伝いしてたから遅くなっちまった」
 言いながら靴を脱ぎ、様子を伺いながらも恐る恐る部屋へと上がった。
「ど、どうかしたのか?」
 スタスタと奥へと歩いて行く背中に、士郎は思わず声を掛けていた。
「別にどうもしないが……何か?」
 頭に? マークでも浮かばせ小首を傾げるアーチャーの表情に、士郎も思わず真剣な面持ちで

「いや、なんか何時もよりこう……棘がないっていうか何と言うか……」
 アーチャーはむ、と眉根をよせるとジットリと士郎を見下ろした。
「お前は私をどういう目で見ているんだ……」
「どういうって……だってほら、いつもなら何処で無駄に時間を浪費していたんだーとか夕食の支度も済んでしまったぞとか嫌味の一つもよこすだろ?」
 割りと真剣に言っているらしい士郎に、アーチャーは不満も露にはぁと一つ大きく溜め息を吐いた。
「たまには小言を言うのも面倒だと思っただけだが……気に入らなかったか?」
 むすっと腕を組むその様子に、士郎は思わず目を数度瞬かせた。
「ひょっとして……拗ねてる?」
「誰がだたわけ!」
 即答までコンマ0.2と言った所か。
 一瞬の沈黙の後、先に口を開いたのは士郎だった。
「……拗ねてるじゃん……」
 言われアーチャーは今度こそ息を飲み込み――
「……あぁ、そうだ。今の私は情けない程拗ねているようだ」
 はぁと諦めたように息を吐いて開き直った。
「あの、アーチャーさん?」
「大体な、何時も貴様が私に一々あれこれ言われるような未熟者なのが悪いのだろう。全く……こちらは心配で気が休まる暇もないのだがね?」
 こめかみの辺りが微妙に引きつっているあたり、大分ヤケになっているらしい。
「べ……別に心配してくれなんて頼んでないだろ!」
 思わずむきになる士郎に、アーチャーはにやりと不適に笑みを浮かべた。
「勘違いするな。私に迷惑がかかるのが心配なだけだ。貴様の身を案じている訳ではない」
 はめられたと気付いて、士郎は耳まで顔を真っ赤にして息を飲んだ。
「こっちだってお前に心配なんかされたくないっ!」
「だからしていない、と言っているだろう?」
 くく、と喉をならして笑いながら部屋の奥へと消えていくアーチャーの背中を見送り、士郎はぐ、と拳を握り締めた。
「なんか……また言い負かされた……」
 誰へともなくぽつりと呟き、がっくりと項垂れて。
「ま、あの方があいつらしくて良いけどな」
 知らず口の端が綻ぶのを感じたのだった。




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