初夏色 (ペキ)


「ありがとうございました」
頭を下げて、ちょっと気合を入れて椅子から立ち上がる。少しふら付いたけれど、まぁコレばっかりはしょうがない。
片足で立ち上がるのは中々にバランス感覚がいるのだ。


手には木製の松葉杖、もう片手には鞄。
俺の右足には真新しい白の包帯が厳重に巻かれている。
養護教諭の、ちょっと頭の禿げ上がった柔和な老人が「本当に大丈夫か?」と気遣って問いかけてくるのに平気だと返し、俺は保健室を辞した。
久々に怪我らしい怪我をしたな、と思いながら右足を眺める。
捻挫……最悪ヒビがはいっているかもしれないぞと養護教諭は言ったけれど、今までの色々な諸事情の経験から推測するに、そこまではいっていないだろう。
確かに痛むが、ヒビや骨折はこの程度の痛みではすまないし。

まぁ、養護教諭には「大丈夫だろうがなんだろうが、絶対に病院だけは行けよ」と何度も念を押されてしまった。
正直、帰宅してしまえばこの程度の捻挫など、病院に行かなくても問題ないどころか、他人の手を借りるとはいえ、日常生活に問題ないレベルまでの回復は可能なのだが――――

「捻挫が一日で回復してたら流石に不審すぎるよな」

今回の俺の怪我を知っているのは、養護教諭だけじゃない。
結構な数の目撃者がいるので、いきなり次の日に全快はまずそうだ。




窓から転落した生徒を下で受け止めて、その拍子にひねって捻挫。

これで転落した生徒がかわいい女生徒だったりしようものなら、「何処のヒーローだお前は」と美綴あたりにからかわれていただろう。俺も自分でもそう思う。
幸いな事に(?)転落した生徒は後輩ではあるがれっきとした男子……それも俺よりガタイのいいヤツだったため、その想像が現実になる事はなかった。
……まぁ体重が重かった分、余計こっちの負担がでかかったのだが。
ともかく、落ちた生徒はかすり傷程度ですんだし、俺も大事には至らなかったのだから、まずまずだ。

……たとえ明日から目撃者の一人である蒔寺に、「よッ! 名誉の負傷カッコマン君!」と賞賛なのか雑言なのか良く分からない言葉を投げかけられようとも、大事なのは後輩君を助ける事ができたと言う事実なのだから。


慣れない松葉杖を使いながら、ひょこひょこと不恰好に歩く。
事情を知っている生徒たちが俺を気遣う声を掛けてくれたりもする。
気恥ずかしくも無視するのは悪い気がして、小さく挨拶を返しつつ校門まで出ると。


すごく似合わない人物がすごく似合わないオプションつきで立っていた。

「なんでさ」
「なにがだ」

いや、だって。
アーチャーに、ママチャリ。


……似合わない。果てしなく似合わない。
その長身に似合わない。その黒服に似合わない。その腕組んだ中途半端にカッコイイ立ちポーズに似合わない。
――結論、存在そのものに似合わない。
しかも駄目押しに、かごの中は言うに及ばずハンドルの左右にまで買い物袋が下がっている。
アレだ、こんなもんが校門で待ち構えていた日にゃ、不審人物として通報されてもおかしくないぞ。


「……言いたい事は何となく分るが、仮にも迎えに来てやった者に対する態度かね」
「迎えにって……」
「教諭から衛宮邸に連絡が入った。それを受けたライダーが、買い物ついでに拾ってこいと携帯で」
「なるほど」

つまり俺は引き取り荷物というわけだ。
確かに自転車があれば俺も足に負担をかけず楽に帰れるだろう。
携帯でってことはお前既にママチャリで買い物に出てたのかよありえねーという感想は置いておくとして、ありがたい事はありがたい。
荷物はアーチャーに持って帰ってもらうとして、俺は自転車を片足で扱ぎながら帰れば……。

「何をボーっとしている。さっさと乗れ。帰るぞ」

アーチャーは俺を自転車へと促す。
……自転車後部の、荷物置き……いわゆるリアキャリアと呼ばれる場所を指差しながら。

「……何故にサドルではなくそこに乗れと?」
「自転車を押すのにサドルに陣取られては邪魔だろう」
「いやいや、扱ぐから。こがせろよ。押す必要ないだろ」
「足をつく事が出来ないお前が、あの坂道だらけの通学路を自転車で?
冗談だろう。そんな歩行者及び走行車に迷惑をかけるような真似をするつもりか」

は、と鼻で笑うアーチャー。
その反応はともかく、確かにアーチャーの言うとおり、穂群原通学路を片足で自転車をこぐのはあまり良い選択ではなかった。
通学路は何処もかしこも坂道のオンパレードで、だからこそ穂群原に自転車通学者が少ないって言うのに、そんなアスリートゾーンを負傷した足で臨むのはよろしくない。
けれど、それならそれでペダルを扱がなければいいだけだ。

「べつに、ゆっくりブレーキをかけながら、片足で蹴り進めばいいだろ」

言いつつ、止めてある自転車にひょこひょこと寄ると、アーチャーは俺がハンドルを掴むのを手で防ぎ、俺の背後に回る。

「ちょ、待てって……!?」

そして有無を言わさず子供のように持ち上げられる。
腕の下に手を入れて、こう、ほーら高いたかーいとでも言わんばかりに。

「何しやがるんだお前!?」

そして、足の痛みから少し控えめにしか暴れる事の出来ない俺に、嫌みったらしい声で告げてきた。

「ここで醜態をさらし続けるのと、私に負ぶわれて帰るのと、大人しく自転車後部に積載されるのと。
 ……どれが良い」

どれも全力で却下したい。
しかしアーチャーが譲る気がないのなど、良く分かる。
何せ自分だって相当恥ずかしいはずなのに、周りの目線を意識して無視しているんだから。


「……大人しく積載される。自分で乗るから、下ろせ」

言うと、アーチャーは俺の足を気遣いつつゆっくりと、路面に下ろした。
そのまま俺が動くまで待っているつもりらしいアーチャーを抗議の視線で睨みつつ、しぶしぶとリアキャリアの上に乗る。
俺がしっかりと座ったのを確認すると、アーチャーはゆっくりと自転車を押し出した。
心のBGMはドナドナです。
ふと他生徒の反応が気になって、ちらりと背後を見る。

見物人がすずなりでした。

……死にたい。
明日絶対コレをネタに色々言われる。
絶望的な気分のまま、項垂れながら揺られていった。



後に後藤君は語る。
まさしくあの時の衛宮は、あの御仁に売られていく子牛そのものだったと。







「というか、タクシーで迎えに、って発想はないんだな」

揺られながら、ふと思った疑問をつぶやくと、アーチャーは即答えを返してきた。

「あると思うか?」

……いや、ないな。
家に着くまでに1600円弱。
それだけあればタイムセールの牛肩切り落としがキロで買える。

次に、自転車をこがずに手押しなのは何でだろう……と思ったが、直ぐに答えが行き当たったので訊くのをやめた。
そういや、道路交通法、今厳しいんだったな。
絵面的恥ずかしさでも時間的にも、野郎二人乗りのほうがマシだったんだけれど、流石に法は犯せないし、捕まると後々面倒だ。


長い長い坂道に差し掛かる。
結構急な下り坂で、ここは歩いていてもその勾配が足に来る場所だ。
当然、荷物を多量にのせた自転車を手押しなど容易な場所じゃない。

「なァ、俺、下りた方が」
「……随分と自分のサーヴァントを侮っていないか、マスター?」
「あ」

そうか。そういえばコイツは普通ではないのだった。
筋力・体力は言うまでもなく、バランス感覚も優れていなければ優秀な戦士とは言えない。
ママチャリになんぞに乗って買い物に出たりなんかしてるから、ついそういうのを失念していた。
ママチャリにのった英霊でも、英霊は英霊だ。ママチャリだが。

「お前は大人しく、自分と松葉杖が落ちんように気をつけていろ」
「……わかった」

言われた通り大人しくする事にした。
自然、口数が少なくなり、バランスを取る以外にすることもない俺は辺りを見やる。
左側には石垣と、その上からのぞく揺れる新緑の枝木。
右側を見下ろすと、日の暮れかかった町並みが見事な赤橙にそめられて、あの時の朝焼けを思い出させる。
初夏の夕暮れはまさに穏やかそのものだった。

和みつつ前を向きなおす俺の視線の先、緩やかなカーブの左前方駐車場に、癒しの象徴発見。

「あ、猫」
「だな」

春を過ぎて生まれたばかりの子猫が数匹、母猫を取り囲むように寝そべっている。
此方の視線に若干気を張り詰めている母猫と、そんな母親の緊張など何処吹く風、大きなあくびをつく子猫。
と、一匹の子猫あくびをしたのを皮切りに、他の子猫たちもあくびをし始めた。

「……あくびって、伝染るのかな」
「かもしれんな」

ゆっくりと猫たちの前を通り過ぎ。

気づけば辺りには人気が消えていた。
伸びていく影。くれていく陽。けれど坂道はいつもより長く感じる。
時間が先延ばしにされているような錯覚。ともすればいつまでも終わらないような――。


「……けど、終わっちまうんだよな」


「何がだ」
「イヤ別に。さっさとこの地獄が終わればいいと思っただけだ。
 早く家まで連れてけよ、ママチャリサーヴァント」
「ふむ、荷物さえなければ幾らでも早く行けるのだがね。一つ二つ落としてしまっても構わないか?」
「その場合落とされるのは後ろの荷物って訳か。却下。絶対落とすな、でも早くしろ」
「全く、無茶を言う馬鹿なマスターを持つと困る」
「言ってろ、馬鹿サーヴァント」

アーチャーはフン、と鼻を鳴らしたが、別段それ以上反論はせず、再び黙り込んだ。
代わりに、夕焼けの中を進んでいく自転車の車輪が不機嫌そうにギギギと軋み、未だ人気のない道に響く。

夕焼け空。
俺の髪と同じ色に染まった、アーチャーの髪。

それも、後わずか。
降り始める時はあんなに長いと思っていた坂ももう少しで平坦になり、そうなれば家までは直ぐだ。
その事を少し、惜しいと思う。

この、馬鹿みたいに平和で穏やかで、心静かな時間。
永遠であればいいとは思わないが、少しでも長く続けばいいと思う。

『今』が終わってしまう事を少しだけ忘れていたかった。


アーチャーの顔は、見えない。
先ほどからずっと黙ったままだから、その心境もうかがい知る事は出来ない。
けれどその歩みが坂を下るにしたがって、もったいつけるように、次第にゆっくりになっていくから。



「アーチャー」
「……」
「迎え、サンキュ」
「……ああ」



きっと、髪色だけでなく、心中も同じ色に染まっていたんだろう。





長い長い、でも終わりの近い下り坂。
俺を後ろに乗せた自転車は、まるで過ぎ行く事を惜しむように。
ゆっくり、ゆっくり、下っていく。




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