(ペキ)
「痛っ……」
「だから言ったであろう、マスター。 戦闘はサーヴァントに任せて、大人しく後ろに下がっておけと」
何度目になるかも分からない、使い魔の進言。
その言葉に、まだ半人前の魔術師は案の定反抗してくる。
「だって、あっちのマスターも、戦闘に参加していたじゃないか」
全く、無知は剣にはなるが盾にはならないとはよく言ったものだ、と弓兵は思う。
「なるほど。 なら言わねばならないかね?
お前の腕では足手まといだ、と」
ぐ、とつまり、悔しそうな顔をする少年。
彼自身、足手まといでしかないことは分かっているのだ。
でも。
「……だからって、お前に守られてばかりいるのはイヤだ」
予想していた返答に、アーチャーはため息をつく。
こういう存在なのだ、コレは。
「意気込みは結構。 だがせめて、もう少し自分の身を守れるような実力をつけてからにしろ、半人前」
まだ不満そうな視線を黙殺し、アーチャーは士郎の傷口を水で洗って手早く消毒する。
最初のうちは、今にも威嚇してうなりだった士郎も、その手際のよさに次第に見入っていく。
ほとんどが擦過傷だったとは言え、手当ては五分もしないうちに終了してしまった。
「ふむ、コレでいいだろう。 服をつくろうなり捨てるなりは、自分ですることだ」
「……アーチャー、お前って器用なんだな……」
「……応急処置のことか? この程度、戦場においては誰もができる。
逆を言えば、この程度が出来ないものなど、戦場にはいるべきではない」
当たり前のことだ、と医療品を片付けながら言うアーチャー。
「いや、そうなんだろうけど……なんかイメージ違ったからな」
英雄と言うのは、己の傷も振り返らず、一心に敵を切り伏せるような、そんな気がしていたのだ。
「……英雄だろうとなんだろうと、自己の傷を放っておく事はいずれ死につながる。
戦を正しく知っているものは、余計な傷に気を取られぬよう、時間があれば早急に手当てをするものだ。
まあ、この程度の傷ならば放っておいてもそう悪化することもないだろうが」
時間があれば早急に。
なるほど、と言うことは時間がない場合は傷を放っておくこともあるのだろう。
士郎は、アーチャーの言動の裏に、自分のイメージがそこまで外れていたわけでもないことを知った。
――ずきりと、傷が痛んだ気がした。
無意識に、頬のすり傷をなでる。
ほとんど乾いていた傷の、ざらついた感触。
「ん? 」
その姿を見た弓兵は、しまいかけていた医療品をもう一度開いた。
「ああ、そこの消毒はまだだったな」
そう言って、士郎の顔に手を伸ばす。
「……なっ!」
近づく、顔。
視界いっぱいに広がる精悍な褐色の表情。
士郎は、顔の熱が上昇していくのを自覚した。
なんてことはないことのはずなのに。
なんというか、こう、不意打ちで見ると。
心臓に悪いと言うか、思ったよりも顔立ちはわかいんだよなだとか、よくわからない思考がぐるぐるとまわり。
結局、口をつく言葉は
「何すんだよっ!?」
「ふむ、傷はもうすでにふさがりかけているな。 といっても、他のやつに見られると心配をかけるだろう。
これでも貼っておくか?」
「もう乾いてんだから、絆創膏なんか貼らなくてもいいって!
だから、さっさと手を離せっ!」
士郎はあわてて、乱暴に手を払う。
振り払われた方は、面白いわけがなく。
「……何を怒っている?
……ああ、まさか、マスター」
そこで何かに気づいたような弓兵は、にやりと笑いもう一度顔を自らの主人に近づけると
「……私が、何か するとでも思ったかね?」
「〜〜〜〜〜〜〜!!」
からかわれている。
そんなことなど分かってはいたが、赤くなる顔と動悸を士郎は抑えることが出来なかった。
パクパクと、口を酸素不足の金魚のごとく無意味に開け閉めしてしまう。
「ふ、安心しろ」
アーチャーはゆっくりと顔を離し、
「あいにくと、怪我人に手を出すような悪趣味を持ち合わせてはいないからな」
くっくっくと笑いながら今度こそ医療品を棚にしまう。
士郎は今の混乱した状態では百戦錬磨に違いない弓兵の皮肉に勝てるはずもないと、食って掛かるのをこらえた。
「……チクショウ、さんざんからかいやがって……」
「さて、さっさと寝ることだな、衛宮士郎。 明日も早いのだろう?」
アーチャーは用は済んだとばかりに、部屋の外に出ようとする。
霊体になれない以上、出来ることは魔力温存のための睡眠か、屋根の上での見張りかだ。
その背に。
「アーチャー」
性質の悪い皮肉で撃沈していたかに見えた、彼の主人が声をかける。
「なんだ?」
「……ありがとう」
下を向いたまま、ほとんどかすれるような一声。
しかし、コレを言わねば気がすまなかったのだろう。
そういう存在なのだ、衛宮士郎は。
アーチャーはふっと微笑すると、そのまま謝礼の声に答えずに戸を閉めた。
その弓兵が外で、
「早く怪我人でなくなることだ、衛宮士郎」
等と、不穏な事を言っていたことは。
彼の主人は、知るよしもない。
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