【吊り橋を揺らして渡れ】     BYペキ





つり橋効果というのを、耳にしたことがあるだろうか。
男性に対し、「女性が突然アンケートを求め話しかけ、結果に興味があればこの電話番号に電話を」と番号を教えるという実験を、吊り橋の上と、全く揺れない橋の上の二か所で行った場合、吊り橋グループではほぼ全ての男性から電話があったのに対し、揺れない橋グループの男性からの電話は一割程度だった。
人は揺れるつり橋の上での緊張と心拍数の上昇が一時的な興奮を伴い、それを恋愛感情と錯覚するのだそうだ。
転じて、危機的状況下や極限状態で結ばれた恋人達は長続きしない、という理論を「吊り橋効果理論」というのだとか。

「まぁ、そういうものなのかもなぁ」
「何がだ?」

小さくつぶやいた言葉に、問いかける声。

「……別に、一人ごとだ」

声はかけつつも読んでいた本から目を外しもしてはいない男を一瞥し、俺は再度テレビに目をやる。
テレビでやっているのは、そこそこ有名な映画の続編だ。
一作目では大人気だったのに、続編では残念なことにあまり興行成績が芳しくなかったらしい、その二作目。
ヒロインとその恋人が舞台の豪華客船に乗り込んでいく姿を見ながら、なんとなく心がもやもやする。
もしかしたらこのもやもやが、その人気不審の理由の一つなのかもしれない。

ヒロインにして二作目の主人公である女性、その恋人は、前作で結ばれたヒーローではなかった。
前作の主人公であったはずのヒーローは、この二作目では影も形も見えない。
前作の映画が俺も割と好きだっただけに、それはなんともすっきりしない感覚にとらわれる。

『危機的状況で芽生えた恋は長続きしないのよ』――前作のラスト付近で、ヒロインがそう言っていた通りの結末を迎えてしまったらしいかつての「ヒーロー」のことをぼんやりと思い浮かべ……。

「……吊り橋効果、か」

まるで考えていたことを言い当てたような声にぎょっとする。
もう一度隣を見ると、アーチャーはいつの間にか本を閉じ、テレビを眺めていた。

「考えていたのは、それだろう」

違ったか? と顔色声色何一つ変えずに問う声を腹立たしく思いつつも、違わない、と返す。
落ち着いて考えれば、こいつがその結論に行きつくのなど難しくないのだ。
何しろ、どうあがいたところで思考経路が似通っているのは変えようがない事実だから。

「危機的状況の緊張と、恋愛感情の興奮を混同するんだったかな?」
「命に危険が差し迫ったときに、子孫を残そうとする本能が刺激されるという理論もあるらしいが、な。
 どちらにせよ、特殊な環境や異常な状況で出会った者同士が、日常という通常時もその時の感情を維持し続けうわけもないということだろう」

首を大げさにすくめるような仕草に、なんとなくカチンとくる。
が、言っていることはわかる。
あの戦場の中に見たアーチャーの背中に感じた高揚感が、エプロン着けて皿洗いしているアーチャーとは名ばかりの男の背中を見ている時にもあるのかといえば、答えは全く持ってきっぱりとNOなわけで。

……NOなのけれど、異常時に感じたその感情まで否定できるのか、といえば……。

「……長続きしないと思うか?」
「何がだ?」
「異常な状況下で結ばれた主人とその使い魔の関係」
「ふむ」

指を顎下にあてて、何やら考えるしぐさをする、俺のサーヴァント。
実際に考えているのかどうか、いまいち胡散臭い態度だが、俺は主人らしく鷹揚にアーチャーが口を開くのを待ってやる。

「そもそも魔術師とサーヴァントという関係が異常以外の何物でもない気がするが」
「……全く持ってその通りだな」

あほらしい。
よくよく考えたら「オレ」たちに異常も通常もクソもあったもんではないのである。
魔術師とサーヴァントという擬似的な主従関係、それだけならまだしも、同一人物同士の過去と未来の可能性という異常極まったお互いなのだ。
そんなものが二人吊り橋効果なんぞで真剣に討論しているのを日常とカテゴライズしては、世間の人になんだか申し訳ない。

「大体、危機的状況が去ったわけでもないんだった」

そう続ける俺に、アーチャーはわずかに眉根を寄せた。
俺のこの発言の意味は、どうやら「俺の未来の可能性」には分りかねる様だ。

「だって、俺が道を間違えたら、お前、速攻で俺を殺すだろう?」

ほら、いつだって危機的状況だ。
裁判官兼死刑執行者が、常時隣に控え、今か今かと鎌を振り下ろすタイミングを見極めている。
この状況を吊り橋上の緊張状態と例えたとして、何の違和感があるだろう。

「ほう、自覚はあったのか。最近ではふぬけて、多少油断をしているかと思っていたがね」
「当り前だろ。隣にいつもお前みたいな危ない輩が手ぐすね引いて殺すタイミング見計らってるって言うのに、気が休まるわけない。いつだって吊り橋の上みたいにドキドキしっぱなしだ」

そう言って、入れっぱなしにしていた茶を一口。
大分冷めてぬるくなっていたけれど、飲んだ時に顔が少々ほてってしまったのは、まぁしょうがないだろう。
アーチャーはなるほど、と小さく頷くと、顔を此方に近づけてきた。
どこか楽しげな眼が、俺の目を捉える。

あー、危機的状況だ。

「ならば、精々気を張っていることだな。お前のその吊り橋が、いつ落ちないとも限らないのだから」
「ふん、俺が落ちそうになった吊り橋から外れて別の楽な橋を渡ろうとしたら、お前はその瞬間に俺を突き落とすんだろう?」

上目遣いに見上げ、アーチャーの頬へと手を伸ばす。
アーチャーは俺が触れる前に素早く右手を捉え、そのまま手荒く引き寄せてきた。

「わかっていればいいさ、マスター。 せいぜい、落ちそうな吊り橋の上をおっかなびっくり渡り続けるがいい」

自分の顔に落ちる影に目をつぶる前に、俺は左手でリモコンを手繰り寄せ、テレビの電源スイッチを押す。


『危機的状況で芽生えた恋は長続きしないのよ』
そういった彼女の顔がブラックアウトしたのを確認して、俺は目を閉じた。



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殺し愛がとことん好きな私です。
こんなにも胸高鳴るのは、好きだからなのか、怖いからなのか、憎いからなのか。
でもいいや、興奮するし! という極論。
……ええと、それは愛なのか。






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