Valentine’s night (ペキ)


正直な話、今回のはかなり堪えらえない。
情けないが、意気消沈っぷりを隠す事ができない程、相当ダメージを受けている。
まぁ、そう簡単にアイツからチョコレートなんぞもらえるはずもないとは思っていたが。
が。
普通、投げるか?
犬扱いか!?
「ほーれ、とってこーい」ってか!?
しかも、プライドやら人としての矜持やらを投げ打ってまで追いかけてみりゃあ、中身は「スカ」と来たもんだ。
あー、カッコ悪。
アイツもアイツだ。前々から皮肉なヤツだとは思っていたが、まさかここまで皮肉な事をするとは思わなかった。
元が「坊主」だから、と舐めていたかもしれない。

しかし、それ以上に最悪なのは。
犬扱いされた事でも、あれだけ走らされた挙句やっとの思いで手に入れた包みの中身が空だったことでもなく。


アーチャーはどうやら本当に、今日チョコレートを渡す気がなさそうだって事だ。



「っつーわけ。ひでぇと思わねぇ? 俺はこんなに愛してるのになぁ」
「……ランサー、それを私に言ってどうするのよ?」

アーチャーに似た白銀の髪を揺らしながら、彼女は横目でこちらを見やる。
アイツからもらったとか言うチョコレートを口元に運びながら、だ。少し、いやかなり羨ましい。

「愚痴を聞かせる相手をまちがってるんじゃなくて?
 面と向かって、アーチャーに言えばいいじゃない」
「いや、アイツなんか微妙に言いにくい雰囲気出してるっつうか。それでまた空の包みを投げられたりしたら俺、流石に立ち直れねぇし」

そう、俺が空の包みを持って帰宅した時。
てっきり、アーチャーのヤツが俺の努力に多少いたわりの言葉をかけた後、本物のチョコレートを渡してくれると思っていた。
何だかんだいって、アイツも甘いところがあるから、と。
ところがだ。
帰ってみると、すでに居間はなぜか宴会状態。
オマケに俺抜きでチョコレート交換とかすでに終えてて。
女の子連中とどのチョコレートが上手いか、とか吟味なんかしていて。
俺の姿を見ても「遅かったな」って言った後は、俺の訴えの目線も軽く無視しやがってくれて!!
そして今は、坊主と二人で虎と獅子の食い散らかしの後片付け何ぞしている。
ちなみにアイツと坊主の合作である、「感謝の印」らしいチョコは個別に配られていて、テイクフリーのものは何一つなかった。


「そんなに欲しいなら、コレ、1個あげましょうか?」

つまんだ甘い欠片ごとひらひらと繊手を動かすイリヤ。

「……いい、いらねぇ。それはイリヤのであって、俺のじゃねぇ」
「あっそ。
 ……大体、アーチャーの事が好きなら、あなたの方からチョコレートあげたってよかったんでしょ?
 そうしたらきっと、アーチャーだってチョコレートくれたわよ。 あの子、義理堅いんだから。
 仮に今日くれなかったとしても、ホワイトデイには必ずお返しをしてくれるでしょうし」

そう、それは俺も考えた。
そういう所はきちっとしているアーチャーの事だ、きっときっちり返してくれるだろう。
だが。

「いや、今日は本来、女から男にチョコやる日だろ?」
「何よ、分かってるなら欲しがらなきゃいいじゃない」
「だったら、夜は『女役』のアーチャーの方が……」
「下品」

かこんっと、彼女の投げた空になったチョコの箱が頭にぶつかる。

「まあ、それは冗談にしてもな。
 俺からあげたんじゃ意味ねぇんだよ。今日は俺がアピールしたいんじゃなくて、あいつの気持ちが確認したいんだからさ」

彼は恥ずかしがり屋だから。素直じゃないから。
その言葉でくくったって、限度ってモンがある。
たまには態度で示して欲しくなるのは、男でも女でも同じだろう。

「まぁ、ランサーはアーチャーに改めてチョコレートあげなくても、普段からしすぎてるくらいに主張してるわね」
「そういう事だ。 そんでもって、普段から全然主張してない人にたまには主張して欲しかったわけだが」
「結果は惨敗、と」
「惨敗って言うんじゃねぇ……。大体、まだ時間はある!」
「そうね。後1時間ほどね」
「え」

慌てて見上げてみれば、確かに針は23時過ぎを指している。 暦の上での2/14は、後1時間弱。
つまり、タイムリミットはあと1時間ない。

「マジかっ!?」
「マジもマジよ。……ちなみにアーチャーは、さっきあなたが愚痴に花を咲かせている間に、遅くなったサクラとタイガを送りにいったわ」
「んだと!?
 何でアイツが!! ライダーや坊主はどうしたんだよ!!」
「サクラはマキリの長男のために戻るけど、酔ったライダーはセイバーと酒の飲み比べを続行中。シロウはそこで片づけ。
 ちなみに、サクラ達を送るって言い出したのはアーチャー自身よ」

アーチャーが見送りに行った以上、サクラ達を途中で放り出してくるとは思えない。きっちり家まで送り届けるだろう。
ヤツが、魔力をわざわざ使ってまで文字通り跳んで帰ってこない限り、「今日」中に帰宅する事はないだろう。
それはつまり……。

「やっぱり、惨敗じゃない」
「……」

ああ、今日は何て日だ。
確かに女性達からはチョコを貰ったが、肝心の本命からの贈り物は空っぽ。
俺の頭もいっそ空っぽになっちまえ。

「……じゃあ、私はもう下がるわ。 せいぜい残りの時間を期待して待つのね」

そんな、皮肉っぽい所もよく似ているアイツの姉の言葉を右から左へと流しながら、テーブルに額をつけてそのまま時が過ぎるのを待った。
彼女の言葉通り、ほんの少しの希望にかけながら。




ぽーんぽーんと、居間の時計が軽い音で「愛の日」の終了を告げる。
そして俺の思惑も終了。お疲れ様でしたときたもんだ。
ひょっとして、イヤひょっとしなくても。
俺、愛されてねぇ……。


今更の様に、玄関に気配がする。
夜分遅くだからか極力音を立てないようにしてはいるが、こちらに向かって来るのが分かる。
さて、このまま突っ伏していて、さも『お前からチョコレートもらえなくて凹んでます』的なオーラを出すのは、フラれた(?)側としてはあまりに無様。
大体、アイツがそんな気さらさらなくたって、俺の気持ちは変わるモンでもない。
まだまだこれから振り向かせりゃぁいいんだしな。

気持ちを向上させて、チョコレートへの未練を断ち切り、顔を上げて何事もなかったようにアーチャーの帰りを出迎える。

「よ、お帰り。
 遅かったな、日付変わっちまったぜ?」

嘘ですごめんなさい。
チョコへの未練たらたらでした。日付変わったとか、そんなの改めて言うことじゃねぇ。

俺がここにいるのは明かりで分かっていたのか、アイツも特に驚いたそぶりは見せない。

「まだ12時を過ぎたばかりだ。 そう遅くもあるまい」
「……まぁ、そうだな」

そのままキッチンの方へと歩いていく後ろ姿を見送る。
坊主の片付けっぷりを一通り確認しているようだ。
何もしていないのも不自然なので、俺はテレビのスイッチを入れて、アイツが戻ってくるのを待つ。


……極力アーチャーを見ないようにしていたせいか。
それの出現の時には、反応が遅れた。

とん、と軽い音とともに、目の前に置かれたのは白い箱。
俺の嗅覚は、その箱からわずかに零れ落ちる甘い芳香も捕らえている。
コレは、間違いなく。

「……チョコレート?」
「そうだな」
「……日付、変わっちまったぜ?」
「何の話だ?
 この国では女性が男性に何か贈り物をする日のようだが、あいにく私は女性ではないから知らないな」

相変わらず、表情は皮肉気な笑みを浮かべたまま言う、アーチャー。
だが、ほんの少し、耳が赤い。
思わず、顔がにやける。

「……じゃあ、この箱の中身は何だ?」
「いやなに、ちょっとした気まぐれで作ったものだ。
 ……食べるか?」

それはもう、言われなくても。





「これはお前が作ったんだよな?」
「ああ、私が一人で作った」
「んで、他にこれを食べたやつは?」
「いないな。君だけだ」
「……他にも、あげるご予定は?」
「今の所は、ないな」
「"今の所?"」
「"今の所"、だ」
「……なら、来年も貰える様に、頑張るとするか」
「……ふむ、精々努力する事だ」

深夜に貰った、「褐色」の甘い贈り物、二つ。
より甘い方に、口付けを落としながら。
とりあえずは一月後のホワイトデイ頃にでも努力の結果を見せるとしようと想った、バレンタインの、夜。




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