日記掲載ネタ〜雑多編〜 6
7 (ペキ) 弓と士郎とアンリ
誰かが言った。
人は生まれてくる時、必ず泣く。
それはこれからの生と言う苦痛の始まりの、第一の音。
これからの悲しみや苦しみ、罪や罰を背負い、許しを請う声。
世界に堕とされた幼子は、ただひたすらに涙するのだ。
「生まれたくなどない」「還りたい」。
――赤子は、世界を呪いながら、この世に生れ落ちてくるのだ、と。
その空気に気付いたのは、春も終わりに差し掛かり、桜の花もほぼ緑の葉へと移り換わった頃のことだった。
家人達が、どうにもそわそわとしている。
あからさまにはしゃいだり、あちこちで密談を交し合っていたり、張り切って何かを準備していたり。
最初こそ2、3人がなにやらこそこそしているな、程度の物だったが、浮ついた雰囲気はどんどんと伝播していき、今ではこの家全体がやたらと湧き立っていた。
コレは、お祭り前の落ち着きの無さそのものだ。
そういう、『みんなで一致団結して何かをやりましょー』的な雰囲気が、オレにとってはなんとも……。
「居心地がワリィんだよなぁ」
呟きながら、大分温かくなった日中の日差しの中、不機嫌を隠しもせずに横揺れしながら歩いてやる。
道行く親子連れが『ママーアレ何ー?』『しっ 目を合わせちゃいけません!』とか何とか、実に素敵な教育方針で避けて通っていく。
アッハッハーたぶんそれ正解。アンタら長生きできるぜー。
……こういったあちこちから降りかかる奇異の目が気にならないわけじゃないが、それでも、あの状態の衛宮家にいるよりゃ数倍はマシだった。
感じる居辛さに背中を押され、外に出てから大分時間がたったが、まだあの家に戻ろうという気にはなれない。
和気藹々としたムードをかもし出す今の衛宮家は、オレに言わせりゃ香料を焚きすぎた女の部屋と同義だ。
まったくもって、息苦しいことこの上ない。
常の衛宮家でも割と窒息しそうな団欒オーラを感じるっていうのに、ココ最近はホントに異常としか言いようが無い程のハイテンションっぷり。
何だって又こんなにも何時も以上に盛り上がっちまってるんだかっつうと。
理由は、考えるまでも無い。
もうすぐ、衛宮士郎の誕生日だから、だ。
あの家が現在のメンバー構成による大所帯になってから、初めて迎える誰かの誕生日。
それが家主兼主夫である衛宮士郎の誕生日なら、ヤツらの張り切り度合いもそりゃあ半端じゃない。
日頃の感謝だとか、あわよくばココで好感度アップだとか、そういう思惑も一部透けて見えるが、根本として連中に共通してるのは、「衛宮士郎の誕生日を祝いたい」ってこと。
まぁなんとも愛されてますねーそりゃあようござんしたー。
さらに言うと、衛宮士郎の誕生日ってことは、あっちの赤くてゴツイのも誕生日なわけで。
祝う相手が2人で、嬉しさもニバイニバーイってか?
あーあー平和で豊かで良かったねーコンチクショウ。
その手の機微には鈍い当人たちも、さすがに周りがコレだけの浮かれ具合だ、自分たちのバースデイが近い事には気づいているらしい。
自分たちの誕生日を祝うと言うよりも、ちょっとしたパーティーを開く位の気持ちなんだろう、今回は妙に乗り気なのが又微妙な話。
アイツらは自分のことは無頓着だが、他人が喜ぶと自分が嬉しいとか思う珍妙な人種だから、「エミヤシロウ」同士、いがみ合いつつも祝いあう事で見事補い合ってるってなところだろう。
なんともよく出来た話。楽しそうデスネ爆破してもいいですか。
「…………ハァ」
思わず、溜息が出る。
オレってば、なんでこんなトコに現界してんだろうな。
まぁ、、ワリと楽しく日々暮らしてるけど。
時々、居心地が良すぎて、反吐が出る。
誕生日を祝う? ああ、そりゃ大いに結構。
この世に生まれた、人生で一番最悪最低の日を祝おうって精神、全然オレには理解できねえけど。
でもキライじゃないぜ? むしろ、大好き。
――だから余計に、ブッ殺したくなるっていうか。
あーでもそれをやると、オレがぶっとばされんなー。主にあかいあくまに。
本物の悪魔以上に容赦ねえし、アレ。
一応ブチ壊す方向性は止めておこう。オレだってマゾじゃねえし、そういうのはカレンにでもまかせるさ。
なら、オレの取る選択肢は二つに一つ。
一つは関わらない。いたってシンプルかつ、実行に移すのに一番労力の要らない行為。
もう一つは、毒を食らわば皿まで、このお祭りにノっかってみる。
それなりの労力はいるし、精神的にキッツイ時もあるだろうが、まあ少なくとも退屈はしない。
逡巡は一瞬。
……腹は決まった。
さて、タンジョウビプレゼントって、なーにやったらいいだろな?
アイツらの欲しがってる物はそれこそ手に取るように分かるが、それをそのままあげたんじゃ、つまらねぇしなあ……。
***************
「ね、アンリ。お願いがあるんだけど」
「あ?」
エミヤシロウの誕生日当日、その午後。
何やら企んでますっって気まんまんのツラした女連中に、呼び止められた。
今日までに、各々がどうやら相当力をいれてプレゼントやらなにやらを準備していたようだ。
ちなみにオレも、それなりに実用性がありつつテキトーにサプライズっぽい物を見繕ってきている。
ヤァ、オレも丸くなったもんだな、ホント。誰の影響かなんて考えるまでもねえけど。
で、家人達はもうそろそろお祭り準備の仕上げに入ろうとしているらしいく、居間でドタバタと何やらはじめている。
主役であるエミヤシロウ達は、といえば、廊下に追い出されて、何やら不満げだ。
多分気合を入れて料理でも作るつもりだったんだろうが、生憎と台所は別口に制覇されている。
何か手伝おうとする度に断られ、所在なさげに立ち尽くす姿を見ていると、なんつーか、ちょっと哀れでカワイイ?
その2人を指差しつつ、遠坂凛は言う。
「アーチャーと士郎をつれて、買出しに行って来てくれない?」
ああ、なるほどね。
用は、ヤツラを驚かすだけの準備をしたいから、オレにアイツラを連れ出してくれって事か。
「どうせオレに拒否権なんざねえんだろ?」
「よく分かってるじゃない」
にっこりと微笑む、オレよりも余程あくまらしい女にひらひらと手を振りつつ、仕方なくエミヤシロウ達の所に向かう。
モノが足りないから買出しに言ってこいだとさ、というと、ヤツラは至極あっさりと、買出しに付き合う事を承諾した。
「しっかし、皆、随分張り切ってるよな」
「元々、騒ぐのが好きな連中ばかりだ。こういうイベントを見逃すはずもあるまい。
半分は、今日をダシに騒ぎたいというものだろう」
「けけ。違いねえな。 アレは祝うっつーより、イジリてえって顔だぜ? ま、わかんなくもねえけど」
他愛無い事を言いながら、三人連れ立って歩く。
オレが言っちゃァなんだが、この組み合わせは相当妙だ。
このうちどれか2人ってんなら、普段の組み合わせとしてない事も、無い。
買い物に不本意ながら借り出されたり、暇つぶしに付き合ってみたり、と日常の範囲内で行動を共にする事はある。
が、三人いっぺん、しかも他に誰もいない、っつうのは、初めてだ。
普段ならあんまり歓迎したいメンツじゃねえしな。
オマケにこの顔ぶれは、他のサーヴァント連中に負けず劣らず、目立つ。
よく似ているのに、肌の色も髪色も全然違うヤツ2人と、それより頭一つでかい、これまた毛色の変わった男。
一人一人だって相当奇妙だってのに、三人いっぺんに集まると浮き加減も一入だ。
だが、何時もならこういった目立ったり注目される事を嫌うはずのコイツラは、今日はハイになってるのか何なのか、大して周りを気にせずに会話をしていたりする。
会話自体、あまり積極的になんかしないってのに。
なんとも奇妙な、光景。
「まぁ、なんにせよ、楽しみだな?」
そういってめずらしく本当に楽しそうに笑う、衛宮士郎。
アーチャーも、口の端に微笑みなんぞを浮かべている。
滅多に見ない、こんな表情。
その2人の顔に。
……なんだか、胸の辺りが、ざわついた。
「オーイ、帰ったぜー?」
指定された時刻まで適当にぶらついて買い物を長引かせた後、衛宮邸に帰宅。
主役たちの到着を教えてやるため、親切にも心持大きめの声で告げてやりながら、玄関をくぐる。
と、そこにはイリヤが待ち構えていた。
「ん、いいタイミングね。 じゃあ三人とも、道場の方へいきましょう!」
言って、オレと士郎の手をぐいぐいと引きながら、イリヤが先導し始める。
オイオイ、いつのまに居間から道場に場所変更したんだよ。スケールアップしすぎじゃねえ?
ついでに、何でオレの手を引くんだ。エミヤシロウの誕生日なんだ、赤いのの手でも握ってろっての。
そんなオレの心中などお構いなし、オレ達を引きずりながらさっさと道場にたどりついたイリヤは、
「帰ってきたよー!」
と道場の中に一声かける。
中からは何やらごそごそと準備をする音とささやきあう小声。
一通りのざわめきが終わった後、
「よし、いいぜー!」
と返答が返ってきた。それを聞き届けた後、イリヤはくるりと振り向き、イタズラが成功するのを待つ子供の顔そのもので、戸を開ける様に促す。
衛宮士郎がそれに頷き、ゆっくりと戸に手をかけ……
パパンパン パンッ!! ぱんっ!
『誕生日、おめでとうー!』
開くと同時に、目を覆うばかりの光とクラッカーの音が怒涛のように押し寄せた。
思わず閉じた目を、ゆっくりと開く。
そこには。
山と詰まれた和洋中料理の数々。
どこをどうやったら道場をココまで変形できるのかといわんばかりの大道具小道具とライトアップによる飾りつけ。
そして何より一番目をひき、オレを絶句させたのは。
天井の中央。道場を横切るように大きくたれ下げられた、カラフルな横断幕。
『士郎 アーチャー アンリ HAPPY BIRTHDAY!!』
その最後に記された、三人目の、名前だった。
宴の後、皆が騒ぎ疲れ、酔いつぶれ、ほとんどが眠りこけた頃。
道場の隅でなんとなく未だ座り込むオレの前に、青い男がひょいと覗き込んできた。
「よ」
「……」
オレが何も言わずに胡乱に見上げると、ランサーは隣へ勝手にどっかり腰を下ろした。
いまだ飲み足りないのか、自分で手酌しつつ、酒をあおる。
一杯、二杯。
三杯目を飲み干した後、ランサーはようやく口を開く。
「で、楽しかったか?」
「……ま、悪くは無かったんじゃねえの」
どうやら、サプライズパーティーの対象には、オレが含まれていたらしい。
準備の時、エミヤシロウ達を連れ出し時間を稼いでいたつもりが、エミヤシロウ達も同じように準備が出来るまでオレを連れまわしていたつもりだったとは、なんとも皮肉な話。
まぁ確かに、サプライズはさせてもらったし、退屈だけはしなかった、な。
笑う声も、歌う顔も、時に叫びあう声も。
どれもが馬鹿馬鹿しく、滑稽で、だけれど新鮮だった。
……何を祝っているのかも、何故自分が祝われているのかも、全然理解できなかったが。
「悪くなかった、か。まぁお前にしてみりゃそれなりの褒め言葉なんだろうが、もっと素直に喜んどけ。
せっかくの主役だったんだ」
「……主役?」
「坊主やアーチャーの誕生日ももちろんだがよ、今日はお前をメインっつうことで祝ったんだぜ?
気づかなかったか?」
「……なんでさ」
オレは別に、今日が誕生日だった覚えはない。
そもそも、まともに『誕生』した覚えがないんだから、当たり前の話。
確かにこのカタチをして、ここにこうして存在している様に見えるが、実際は殻を被って「存在してるフリ」をしているだけだ。
オレは虚無。あってないもの。無限の残骸。
そんな、生まれてすらいないオレの、誕生日?
「わからねえって顔してるな」
「……オレの誕生日なんざ、ない事くらいアイツラだって分かってんだろうに」
「だから、今日に『なった』んだろ。 『アンリは俺と双子みたいなものらしいし』、とか何とか、坊主が言ってな。
それに皆で乗ったってわけだ」
「――ハ」
――なんだよ、それ。
「ようは、お前も祝福されてるわけよ?
『生まれてきてくれてありがとう。一緒に居てくれてありがとう』ってな」
言いながら、立ち上がる長身。
オレが声をかけようとし……けれど上手く言葉を紡げない内に。
光の御子様とやらは、最後に一言「誕生日、おめでとさん」だとか、台詞を吐きつつ。
勝手に自分の言いたい事だけ言って、とっとと去ってしまった。
――『生まれてきてくれてありがとう。』
わかんねえ。理解を超えてる。
オレの誕生日なんか作る衛宮士郎も、それをわざわざ言いに来るランサーも、馬鹿みたいに祝うアイツラも。
何考えてんだ。
オレ、生まれてなんかいねえよ。
「この世全ての悪」が生まれてたら、大惨事じゃねえか。
――『一緒に居てくれてありがとう。』
大体、元々の存在しない虚無なんだ。在るって言えるような上等な代物じゃない。
エミヤシロウの殻を被って適当にでっち上げたキャラクターだぜ?
ここのコレは単なる影、夢の残滓みたいなもんなんだって。
ホント、何祝ってんだよ。
――『ありがとう。』
……ああ、なんか考えすぎたかな。
知恵熱でも出てんのかも。
鼻と、目と、胸が、なんだか妙にほてって、じくじくする。
頬に、ひんやりとした冷たさが一筋流れたが、それがなんなのか、オレにはやっぱり分からない。
ただ、なんとなく分ったのは、オレはきっと今日、『誕生』したんだということ。
生まれた日を祝う、その意味も理由も、理解できないが。
――こういう日が、そう、一年に一日ぐらいあってもいいのかもしれない、と思った。
誰かが言った。
赤子は、世界を呪いながら、「生まれたくない」と泣きながら、この世に生れ落ちてくるのだ、と。
だけれど、別の誰かが言った。
赤子は、世界を見れたことを喜びながら、出会えたことに感謝しながら生まれてくるのだ、と。
――なぜなら人は、嬉しい時にだって、泣くのだから。
end
***************
4/17作成 その後少しずつ修正(5/13)
椎名さんへの誕生日プレゼント。
カップリングは全然考えずに、ただ、書きたいモノを書きました。
あなたと出会えて、一緒にいれて、良かった。生まれてきてくれて、ありがとう。
↓以下、色々台無しのおまけ
「まさかアンリから誕生日プレゼントがもらえると思ってなかったな」
言いながら、しかし嬉しそうにプレゼント包みを開ける衛宮士郎。
「やあほら、オレってばヤサシイ悪魔だから?」
オレは適当に返事をしつつも、既にじりじりと後ろに下がりながら、逃走のタイミングを計っている。
包みが少しずつ、もどかしくも開かれて……
「え、何だコレ……クッション……?」
それが何なのかを理解するまで、後3秒ってとこかね。
ほーら 3.2.1
「……なっ」
はい、逃走開始。
「アンリィィ――!!」
大声で絶叫しながら、赤のハートマーク、中にでっかくYESと書かれた枕を抱えつつ、こちらに全力疾走してくる追跡者。
枕をぶん投げずに律儀に小脇にキープしてる辺りが、どんな物であれ貰ったプレゼントを無碍に出来ないアイツらしいっつうか。
「有効活用しろよー! 誰と使うのかは知らねぇけどな!!」
「この悪魔ァアァァ!!」
イヤだってホラ、プレゼントにはサプライズが付き物、だろ?
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