槍弓    BY椎名


       いつもと変わらぬ午後でした。 6



※今更過ぎるアテンション。
この話はfate本編をベースにしてはいますが、時系列等に多少の矛盾が生じております。
仕様ですのでご了承下さい。




 ランサーがパスを通じて気配を辿って行った先、辿り着いたのは教会からはさほど離れていない小さな森にある、今は使われていない重苦しい雰囲気の漂う洋館だった。
 やはり重苦しい扉を潜った先に目的の相手の姿を認め、ランサーは小さくはぁ、と息を吐いた。
「何やってやがんだテメェ」
 幽霊屋敷と一部で噂されるその廃墟に、その男、言峰綺礼はまさしく幽鬼のごとく佇んでいた。
「ふむ、何もしていない相手に何をしているのか問うとは。意味の分からない事を言うな貴様は」
「はいはいお元気そうで何より。て言うかだな、何でそんな法衣が血まみれなんだよ。殺しでもやったのか?」
 じとりと見据えた長身を包む法衣は、胸元の辺りが夥しい血で汚れていた。
「人聞きが悪いな。これは私が吐いた血なのだが」
「はい?」
 まともな返答などは期待していなかったのだが、流石に意味が分からずランサーは顔を業とらしくしかめて見せた。
「教会へ襲撃を掛けてきたのはキャスターだ。おそらく先走って聖杯を奪いに単身乗り込んで来たと言った所のようだったが、出会いがしらに強烈なガントを見舞ってくれてね、おかげでこの様だ。普通なら死んでいただろう」
「で、血ヘド吐く程のガント食らって何で生きてやがるんだよテメェは」
 呆れすら含んだ物言いに、言峰の口元が僅かに吊り上る。
「生憎と私は呪いには強い体質なんでね」
「体質の問題か!?」
 もはやどう突っ込みを入れるべきかも分からず、とりあえず溜息を一つ漏らしてランサーは壁へともたれかかった。
「まぁ説明すれば長くなるが、概ねそう思ってくれて構わん。事実こうして私はキャスターを出し抜いて生き伸び、結果こうしてここに居るのだから問題はあるまい」
「そりゃあまぁ、そうだがよ……」
 今一つ消化不良ではあったが、とりあえず目の前に幸か不幸かマスターである男は立っているし、自分自身もこうして現界しているのは紛れもない現実なのだ。
 ならば結果オーライという事にしておくのが精神衛生上得策という物であろう。
「だが教会はすでにキャスターの手に渡った。少々ややこしい事になったな……ランサー、当面は凛を監視し必要ならば協力してやれ。決して死なせるな」
「あ?」
 この男が真意の読めない事ばかり言うのは何時もの事だが、さすがに今の命令の意図する所が理解できず、ランサーはじとりと己がマスターを睨み据えた。
「てめぇ……何考えてやがる。今更味方が欲しい……って訳でもねぇよなぁ?」
 何せこちらは向こうにまだ正体を明かしてはいないのだ。
 そもそも、この男はわざわざそんなリスクを負ってまで教会を取り返すよりは、大人しく隠れて潰しあいを待つタイプだろう。
 正確には、最後の最後で聖杯戦争の管理者という立場を利用し他のマスターを欺き、絶対的な優位に立った所で冥土の土産とばかりに騙されていた事を告げ、相手が絶望に打ちひしがれる様を実に良い笑顔で眺めるのだろう。
「何、彼女にはまだ利用価値があるからな。他に深い意味などないさ」
「……まぁ、ロクな事考えちゃいねぇってのは分ったわ」
「ほう? それで、お前はどうするかね?」
 挑むような、試すような。
 相手を弄ぶ事を知っているこの目が、ランサーはどうしようもなく気に食わなかった。
 増してやこの男の様に、否と答えられない事を承知の上で応とお答えさせるためだけに問いを向けるような仕打ちなど。
「どうせ何言った所で聞いちゃくれねぇんだろうし、それが命令だってんなら聞いてやるさ」
 投げやりに言い捨てて、ランサーは踵を返しドアへと向かう。
「どこへ行く? 今から動き出すには夜明けが近いぞ?」
 背中に向けて掛けられた声に肩越しに振り返り、返すは面倒臭気な舌打ち一つ。
「寝るんだよ。こんな誇り臭ぇ所にいるよか寒空の下の方が良いってもんだ」
 軽く手をひらひらとさせ、乱雑に重い扉を開き、ランサーは部屋を後にする。



 翌日深夜。
 探していた人物は、意外と近くで見つかった。
「よ、元気してたかー」
 間の抜けた声で挨拶を送ると、相手の弓兵はなぜか額から冷たそうな汗を一筋たらして息を呑んだ。
「何をしに来た貴様」
「んー、そりゃ会いに……って冗談言わない方が良さそうだな……」
 そう言って、ランサーは気まずそうにぽりぽりと鼻の頭を掻いた。
「ふん、珍しいな、お前が空気を読むなど」
「うるせぇ。オレだってその状況みりゃそれぐらい分かるっつの。てかこの状況で起きない嬢ちゃんもある意味大物っつうかすげぇな」
「言ってやるな……魔術師とは言え人の規格を出て居ないのだから疲れれば身体が急速を優先してしまうのは当然だろう」
「ふーん、眠りの暗示まで使って良く言うぜ」
 ニヤニヤとランサーが視線を向けた先、彼のマスターはアーチャーの外套に包まれ、立ったままだと言うのにすっかり眠りの国の住人である。
「こうでもしないと休んでくれそうになかったのでな。もっとも暗示など私の専門外なんだがね、未熟な私程度の術でも掛かるぐらいには疲れていたという事だろうさ」
 そこまで言ってやれやれと深く溜息を吐き、ふと我に返った様にアーチャーは顔を上げてランサーへ視線を向けた。
「お喋りが過ぎたな。見ての通り、我々は今手一杯でとてもではないが君を相手にしている余裕はない。出来ればこの場は見逃してくれると助かるんだがね。決着を着けるというなら相手になるが」
 途端、周囲の空気が重みを増して、どうしたものかとランサーは頭に手をやった。
「あー、実はな、マスター命令でよ、しばらく嬢ちゃんを死なせるなって言われてるんでな。やめとくわ。今だってちょいと様子見にきただけだしよ。
「何……?」
 ランサーの言葉が引っかかったらしく、アーチャーはやや大げさに眉根を寄せて訝しげにランサーを見据えた。
「あー、理由なら聞くなよ、聞いて答えてくれるようなマスターじゃねぇんでな。なんでも嬢ちゃんに死なれると困るんだとよ」
「……そうか……」
 それで納得してくれたのかどうかは不明だが、取り合えずそれで今の所はランサーに敵意がないのを分かってくれたらしい。
 ふぅと息を吐いてアーチャーから、肩の力が抜けたのが見て取れて、ランサーも一先ず緊張を解いた。
 というか緊張していたのか、とそこで漸く気が付いて、ランサーは思わず自嘲気味な笑みを浮かべた。
 何を緊張していたんだか。
「まぁ、そう言うこった。協力しようとは言わねぇが、当面はこっちから仕掛ける積もりはねぇってことだ。だがな……」
 そこで一度、ランサーは言葉を区切った。
 つられてアーチャーも、ランサーの方へと視線を向ける。
「たぶん次に会うときゃ……きっと今度こそ白黒着ける戦闘になる。ヤるときゃ真剣勝負だ。てめぇとは聖杯戦争だの何だの関係ねぇ、戦場に身を置く者として決着を着けたいんだよ」
 真っ直ぐに視線を交え、次いで聞こえてきたのは微かなアーチャーくつくつという喉の鳴る音。
「光栄の極みだな、君程の大英雄からそこまで言われるとは」
「茶化すな。真剣に言ってるんだぞオレは」
 少々声を荒げるも、アーチャーは意に介した様子もなく。
「あぁ、分かっているさ。君はそういう所は真面目な戦士だからな」
「褒めてんのかそれ」
「勿論だとも」
 ふと。
 その時のアーチャーの笑った顔が、何時もの皮肉混じりの物とは違う気がして。
 こいつのこんな穏やかに笑った顔は酷く久しぶりなんじゃないかと、思わず一瞬息を飲んだ。
 彼のマスターは、未だ起きる様子はない。
 一瞬の躊躇――だが話を切り出すなら、今しかない。
「……なぁ」
「……何だ」
 視線を明後日の方向へ向けたまま声を掛ければ、面倒ですオーラ全開の相槌で返された。
 まぁ良いけどよ、とランサーはめげずに言葉を続ける。
「お前さ、今でもオレのこと好きか?」
「無論だが?」
「うわ即答かよお前」
 拍子抜けなやりとりに、僅かでも言うか言わざるべきか迷った数秒前の自分を恨んだ。
 いや、嬉しいとは思うのだけれども。
「もうちょいこうさ、えーと何だ、オクユカシイっての? そういうの出来ねぇのかお前」
「その言葉は使い方としては合っているが男相手に使うのは間違っているぞ」
 他愛のない会話。
 あぁ、数日なかっただけな筈なのに、何故か酷く懐かしいと思えるのは……
「何か可笑しい事でも?」
 言われたところで、否応なしに頬が緩んでしまっているのだから仕方がないという物で。
「いや、ちょっと安心したみてぇだ。まだこうやって話ができてよ」
 気を取り直して、とばかりに軽く両の指を組んで前に突き出し軽く伸びをする。
 一方のアーチャーは何故か気まずそうに一言む、と呟いて口篭ってしまった。
「正直昨日の一件でもうまともに話して貰えないかと思ってたからな。お前意外とそういう所弛んでるっていうか、お人良しって良く言われるだろ」
「お前に言われたくはない。先に懐いて来たのはそっちだろう」
 そう言い捨てて、再びそれ以降口を閉ざすアーチャー。
「やれやれ、機嫌損ねちまったかね。まぁいいさ。実を言うとな、お前等の様子が気になってた所に気配を見つけたから出しゃばりに来ちまったって訳よ。セイバーん所のマスターと組んでた筈なのにこの間から一緒じゃないみたいだったしな」
 まぁ、その辺までは詮索しねぇけど、と言い置いて、ランサーはその場から歩き出した。
「じゃあな。出来れば俺と決着着けるまでやられるなよ?」
「ふん……お前こそな」
 交わす言葉は少なく。
 あっという間に距離は開いて行く。
「さきに懐いたのはこっち、か……でもよアーチャー……」
 ぽつりと呟く声は、誰もいない森に小さく響く。
「先に好きだって言ってくれたのは……お前だったんだぜ?」
 そう一人ごちながら、さて次は何処へ行こうかと何処へともなく歩を進める。
「あーあ、いつになったら今一つお近づきになれるのかねぇ愛しの君は」
 というかまたこの期に及んでほんの僅か言葉を交わすだけとは。
 自分は何時からこんなにオクテになったのか。
 嘗て妻を娶るのに遠く異国まで命を賭した修行をし、挙句相手の父親と死闘を繰り広げたあの頃の自分は何処へ言ったのやら。
「あぁ――そうだったな」
 そう、開き直りだろうがヤケっぱちだろうが上等ではないか。
「こんなのは……オレの趣味じゃねぇってな」
 くく、と沸いてくる笑みを隠す事もせず、ランサーは地を蹴る足に力を込めた。
 



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